2024年09月24日

酒場(…あの惑星風に)にて

「やあ、おひさしぶりですグプクポαさん」
感覚網を中域展開に切り替えるとセリュリュβが青紫色の触手をひらひらさせて音波口をこちらに向けている
なかなか同種同職者には会えない辺境星系の連盟トリップバーでのできごとだった

「いかがですか、最近のそちらは」音波情報伝達法では、心理変化情報が読み取りにくく、普通の連盟共通伝達法である色彩変化法で交流してもらいたいものだが、セリュリュβはあの事件以来、色彩変化を上手く操れなくなっているらしいので、ワタシもやむをえず同調承認を示しながら、音波法を試みることにする

「ワタシの担当星系は特段(…この表現は合ってたかな)変化が見られないのですが、そちらの担当星系では最近いろいろ問題が起こっているとか。うまく切り抜け(…でよかったよな)られそうですか?」
セリュリュβの触手が赤紫色に変化した(…まずかったかな選択した論議テーマは)

「いろいろ…か、そう、いろいろだな。ソル3の第3惑星は、問題、だらけだっ!」触手は今や赤色になろうとしている
「あそこは支配種が独特だって言いますもんね」少し圧力ダウンさせないと、こんなところでバンされたら

「独特…毒涜って表現すべきですよ、あいつら…いや失礼、あの連中は」やや赤紫に戻ったな
「なんでも、生存母体の惑星がひどいことになってるらしいし、同棲生物群の生存権なんて無視なんでしょ」
「そーーうなんんですよーーおお。失礼、最近音波伝導機の調子が悪くって」

「ちょっと使い過ぎなんじゃ」…セリュリュβが、あの惑星で随分苦労しているという噂は、ワタシの四方山情報網に多く蓄積されている
「言ってもわからないんだよなぁ。かと言ってテレパシーは通じないし、可変色彩伝達も無視するし」

「もう、教えてもだめなら最終段階に分類しちまえばいいんじゃないんですか」
「う〜〜〜ん、そうなんだけどぉ、まだいいとこもあるんだよなぁ。連中の音声通信の中の、柔軟音域と強調拍動を聴くと心象に直接受信するんですよ」

「あれかぁ、UTAとかオンガクとか呼ばれてる心象反映術ですよね。ワタシも聴覚域で受信したことありますけど、あれは、確かになあ…迫りますよね」そこまでじゃなかったけど、セリュリュβの触手が緑と黄色の連続発色になってるんで、そこは大人の反応をしておいた

「…まあ、もう少しだけ様子見ることにしますわ」触手だけでなく思念発言部まで緑色になったセリュリュβは、エネポッドからポーションの残りを吸引し尽くすと、触手をひらっとさせて席を離れた

あんな惑星、もう一度再スクランブルして、次の文明を育てりゃいいのに、とワタシは独りテレパスし、同調テレパスが意外に多いことにやや満足を覚え、残りのエクストラポーションを受容器に注ぐ
posted by Beeまたの名は熟年のK at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2024年05月19日

猫の鳴き声

一時期、地域猫とか名が付いてたけど
いつのまにか姿を見かけなくなってのは僕の住んでる町だけだろうか

ネットには可愛いにゃんこや動物園の猫科の猛獣の動画や画像がいっぱいで
昔風に言えばステネコを引き取って可愛がってる人の話もよく見るけど

僕の住んでる町にはそういうのはいない
多分家に飼ってるからなんだろうけど

犬たちが人を連れてウンチのために散歩してるのにはよく逢うのに
猫が人を連れてるのも魚屋さんの店先からお魚を咥えて走ってるのも見ない

そんな僕の町もあの伝染病以来家に居たまま仕事してるってのが普及してるらしい
僕はもちろんそんな洒落た会社勤めじゃないからあの時も今も自転車に乗ってお店に通ってる

住んでるのはワンルームが上に4戸下にも4戸の築25年くらいのアパートで
僕は2階の一番奥の204号室だから朝出掛けるときも夜帰って来るときも

足音静かに歩くようにしてもうすぐ3年になる
6戸入ってる住人の中では下から2番目のやや新人って位置づけだ

お店は地元の昔八百屋さんだったスーパーで朝8時開店が大手スーパー対抗策の積りだ
夜は8時閉店だから早番や遅番で店スタッフはやりくりしてる

話しがそれちゃったけどそんな僕の日常に猫が割り込んで来たんだ
それは大体1か月くらい前の遅番の帰りに自転車で小さな神社の前を通ったときだった

キーコキーコ言う自転車がお店のある地区から住宅地に入ってじきのとこで
小さな神社の前の森っぽいとこを通り抜けるときにゃぁ〜って小さい猫の声が聞こえたの

ただ猫が鳴いてるとしか思わなかったんだけどその翌日の早番のときにも聴こえた
その翌日お店の先輩のヨシノさんに「猫いるんだねあのお宮さん」って訊くと「へ〜」だけ

その次もそのまた次も通りかかると必ず鳴いてるんで気になって早番の帰りに
自転車を神社の入口に停めて細い参道を入ってった

まだ明るかったんでなんの不安もなくどんどん歩いてくと小さな塗の禿げた赤い鳥居があって
それをくぐってもう少し歩くと古ぼけた小さなお社が建ってる

一応お社なんで祖母から言われてた通りに手を叩いて頭を下げて
周りを見回してみたけど猫らしき姿も声もなく小鳥も鳴いたりしてなく急に不安になった

帰りかけるとにゃあ〜ってはっきり声が聴こえた
振り返ったけど想像通りなんにもいない

そのとき気が付いたんだけどお社の上のところに額があって
『守礼神社』ってかすれかけた文字がある

へえ〜って思わず口から声が出て「しゅれいじんじゃかぁ」って自分の声が続く
なんか昔きいたことがあるなぁってほわっと思い出したけどなんだったか忘れてる

そのときまたにゃあ〜って鳴き声が聞こえたけど社の床下なのか叢の中なのか
「ちっちっち」とか呼んでみてもなんにもいない返事も無い

急に怖くなって僕はそそくさ参道を戻って自転車に乗ってアパートに帰ってった
あそこに猫が居るんだろうかそれともなにか神社ならでは変わった現象なのか

僕の代わり映えしない毎日に守礼神社の猫が入り込んだことだけは確かだ
あの猫はこの先どうなってくんだろうそして僕に関わってくるのかどう思います?
posted by Beeまたの名は熟年のK at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2024年04月13日

アンケート

家族一同から喜寿を祝ってもらい、やや重い胃の具合を気にしながら寝る前のスマホチェックをすると
アンケートに答えて毎日1万ポイントを手に入れよう! 喜寿おめでとうございます あなたに1日1回30日間 お手持ちの電子決済アプリに1万ポイントプレゼント!』という怪しげなメールが届いている

また新手の迷惑メールかとも思ったが
なぜ“喜寿”なんだろうと、そこがひっかかる
しばらく迷ったがクリックしてみる

アンケート1 今の日本の政治家について… @自分の得になることしか考えていない Aなんだかんだ言っても国民のことを考えている B親・周囲の人・政党の人に勧められてなっているだけ C大望があってやっている』
迷うことなく@にチェックを入れて、所定の個人データと一緒に送信した

翌朝着信音があったので見てみると私の△×ペイが1万ポイントぐっと増えている
その夜10時ちょっと過ぎ、もしやと思ってスマホをチェックする

アンケート2 ウ国で起きている戦争状態について… @攻め込んだロ国が悪いので同じ目に遭わせさせないといけない A一方的に攻め込まれたう国を世界が支える B所詮この世は長い物に巻かれろなのでウ国にあきらめてもらう』〜チェックして送信、翌朝1万ポイントさらに増えてる

その翌日は『アフリカでは野生のサイや象が角や牙を狙う密猟者に殺されています… @犀角や象牙を取引する者を厳罰に処す A密猟者をサイや象と同じ目に逢わしてやる B人類には特段関係ないので放置しておく』〜@かAのチェックに時間を掛けて答えを送信する

アンケートの内容は宇宙のことから大都市に巣食う悪の問題、中央政府や地方自治体の行政問題、子供の教育問題、企業格差に根差す収入格差問題、高齢者福祉に際限なく金が要る問題、少子化、結婚しない、過食飽食と飢餓、宗教のからんだ案件…等々、森羅万象多岐に渡って毎日一問続いた

25日を過ぎると『貯まったポイントは早く遣ってしまおう!』というメールも届くようになった
そうだな貯めといても遣わないで期限切れになったらバカバカしいなと、妻を連れて日頃行ってみたいと思っていた高級レストランに行く

そして31日目
最終アンケート これまでのご回答を踏まえてあなたご自身のご意見を… @この惑星世界は救いようがないので単身帰投する Aこの惑星世界を放置しておけないので滅ぼして帰投する B次の米寿まで今しばらく様子を見る』
〜そうだった、私は現地調査員だった。3つの項目を何度も見直して時間ぎりぎりで送信した
posted by Beeまたの名は熟年のK at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2024年03月23日

エスディージーズでいこう!

朝起きてダイニングを覗くと妻が「あなた顔色悪いわねぇ」と言う
そうか…とか言いながら洗面所の鏡を見ると真っ青な顔の僕がこっちを見てる
顔面蒼白とかのレベルじゃなくほんと青みがかっている
これは病気だなと思って1分体温計を脇に挟んで体温を計ると10度を切ってる
驚いて手首の脈を計ろうとするとしんとしたままで脈打ってない
これはヤバいと怖くなって妻に「ぼく死んでるみたい」と言うと最初信じなかったけど僕の首筋に触れて
「あなたそうよ死んじゃってるわ」と声が上ずってそれでも119番して救急車を呼んでくれた

救急隊員が来るなり僕の顔を見て「あかんこの人もや!」と言うなりさっさと帰ってしまう
「なんで看てくれないんだぁ」とついつい愚痴を言うと妻が「見放されたってことよね」と涙流して憤慨する
出社時刻になったので一応会社に電話して「具合が悪いので今日は有休取りたいんですが」と連絡しておく
しかしこうして喋れるし動くことも出来てる
「もしかしてあなたゾンビとかになったんじゃあ…」「ゾ・ン・ビィ!?」思わず叫んでしまう
「しっ静かにお隣に聴こえるわ」「そうか体裁が悪いもんな」
「体裁って言うより怖がられるわきっと」「しかし僕は別に君に襲い掛かかるとか血なんて欲しくないぞ」
「変ねえそうやって油断させといてがあーっとか食いついてくるんじゃないのぉ」妻が震え始めた
「いや大丈夫なんにもいつもの僕と変って…いや腹が…減って…ない…なたしかに減ってない」
「それにいつもなら行く朝トイレにもまだ行ってないわ」「そうだ大も小も欲求が無い!」

会社は休みにしたのでとにかく1日様子を見ることにした
とにかく腹は減らずトイレにも行かず呼吸もしていない
それでも頭はいつも通り考えられるし体も思うように動かせれる
ただ顔色の悪いのは我ながら不気味なので妻に化粧の要領を教えてもらって普通に見えるようになった

翌朝もすっきり起きられ朝日を浴びてもいい気分なくらいで吸血鬼になってもいない
また化粧をして妻のチェックを受けていつも通り出社する
通勤電車の中で誰かに騒がれるのではと心配していたのだが皆スマホを見ていて無関心で問題なし
会社に行っても入口のセキュリテイも問題なく通過でき上司も同僚も女子社員も反応なし
日頃からの透明人間化が功を奏していると言えるのかやや複雑な感慨を得る

そんな日々が1週間続いた後厚生労働省から来たという人物が2人我が家を訪ねて来た
「遅くなりまして先週救急隊から報告が上がっておりましてあなたのゾンビ化を確認に参りました」という
「いや私はゾンビなどでは…」「いやいやお気になさらずどなたも気にされるようですが問題ありません」
「と言うと…」「これは当分秘匿しておいて頂きたいのですがあるウイルスが蔓延しつつありまして…」
「ええっゾンビウイルスですか!」「いや国ではSDGs効果ウイルスと呼んでおります」
「それは…」「ご主人もすでに自覚があると思いますが食欲排泄欲呼吸欲が無くそれでいて正常な状態」
「あっそうですそうです」「運動能力も頭脳活動もなんら変化がないこれらはSDGsウイルスの働きです」
「つまりそれは…」「究極のSDGs体をあなたが得られたということですおめでとうございます」
「はあ…」「あなたに今後お願いしたいことはできるだけほかの方にウイルスを拡散して頂きたいのです」
「拡散と言いますと…」「今のところウイルス保持者の方が引き継いでもよいと思われる方にキスを…」
「キス?」「そうなのです口移ししか拡散する方法が無くキスしても構わない間柄の方に引き継げます」

あれから2年いまでは我が国は圧倒的に清潔かつ美環境国としてSDGsウイルスの供給を世界から期待され
僕も明日から人口の多いあの国に夫婦で1年間の出張をすることになっている
posted by Beeまたの名は熟年のK at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2024年02月17日

神の贈物

さあ皆さん、どうぞご覧ください。これが新しい作品です

ほうほう、なんとなくわたしたちに似たフォルムですな

しかし貴方はよくこういうものをお造りになられますね

わたくしは以前の貴方の作品が好きでしたよダイノソとか名付けたあれ

そう言えばこんな感じで立ってるのもいましたね

そうかこれはあれの改良版なんですね

いやまあ、違うと言えば違いますし、似てると言えば…う〜ん似てますかな

いやあれは大き過ぎですよ重そうだったし

まあまあ皆さん、今日は新作の発表会なんですからこの…えーっとこれの名は

ヒトという名を付けました、ヒトです

そうですか、短くて覚え易い名ですな

では、わたくしからこの新作に『時間』をプレゼントしましょう
前の作品の失敗は『時間』という感覚がなかったのも原因かと

わたしは『比べる』をプレゼントしましょうか
この作品が自分の力で自分を改良するのに仲間と比べた自分を意識できるようにね

それならワタシは『貯める』をあげましょう
ただ食べて生きているだけではなくその先に備えて用意しておく感覚が役に立つと思いまして

わたしは『数』という概念がわかる力を授けましょう
これが分かると先程の皆さんの贈り物の活用にも役立つはずですから

わたしのプレゼントは案外役に立つ『覚える』です
いろいろな能力があってもこれが無いと大した進歩に繋がりませんからな

ふふん、そうなるとわたしの『もっと』の力も必要になるな
どれにもこれにも、この推進力があればこそですよ

おやおやワタシのあげられるものは、もう皆さんが授けられてしまいましたね
じゃあわたしは『あきらめ』を贈りましょうか、意外に最後は役に立つこともね





宇宙のカミたちが解散した後の峡谷に残された生き物は
心の中にさまざまに渦巻く欲求に突き動かされながら同時にこの惑星に登場した生き物たちを狩り

様々な場所に広がっていき、いつしか互いを攻撃したり支配したりしながら繁栄したが
次々と解決不能の問題に直面し、どうにも解決策が見つからないままやがてあきらめの未来を…
posted by Beeまたの名は熟年のK at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2024年01月05日

3つの超能力者の僕と名探偵コアロウ1

訊き込みは僕が担当みたいなことになった
社長はコアロウといういかにもな名(迷?)探偵がクライアントの紹介でやって来たことにマジ喜んでいた
しかも、お使いがいかにもな美人秘書で
話しをしてる間に4回も脚を組み替えるもんだから有頂天を隠すのが大変だった

ウチの会社の秘書の中森さんも相当な美人だけど
ド派手さでは負けてしまって社長の後ですっと立ってるだけで
「あの件はどうだったかな」という問いに「専務が引継ぎをされましたが」という返事と
「確かに昨日はメモリはこの引き出しにあったんだろう?」という問いに「はい」と答えただけだった

お茶を運んで来た庶務の帯刀さんもお茶を応接のテーブルに置くとさっさと出て行ってしまってる
お蔭で僕がなんとなく社長の言葉に相槌打たなきゃいけなくなるし
いかにもな美人秘書さんの隣りに座ってるアイビー中年の探偵の後に立ってる和登さんという探偵助手が
時折僕に投げかけてくる微笑みを見逃さないようにして微笑み返す状況になっている

「ところで社長さんのお隣の男性は社長さんの懐刀とお見受けしましたが」
「おっいやまあそんなところの社員ではありますが、お目に留まりましたかな」
「いや私は人を見る目がありましてそちらの若い方の目配り気配りが只者でないと」
「いやぁ恐れ入ります大したご眼力で。コアロウさんこそ只ならぬ風情の助手がいらっしゃる」
「あっこれは恐れ入ります。さすがお目が高い。和登さん君社長さんにご挨拶を」

「助手の和登です。先生はわたしをワトソンの積りで呼んでいるんです」
「おおワトソンさんと言えばかの有名な…名探偵の相棒でいらっしゃるアレですな」
「その私が助手のワトソン君を差し置いて御社の社員さんにお願いするのは靴底をすり減らすアレでして」
「アレ…そうですかわが社(ウチ)のコレがアレをする役になるのですか。結構です君、アレを命ずる」

ということで社長の命で僕はアレつまり犯人探しの第一歩である訊き込み役に任ぜられたのだった
だが僕にはこの時すでに勝算があった
この会社の建物は4階建てで建物の前は大通りになっていて街路樹が植えられている
つまり小鳥たちが大勢いる環境になっている

この辺りに生活している鳥たちに話しを訊けばきっと犯行を目撃しているものがいるはずだろうと踏んだのだ
当選この場で鳥たちと話をする訳にはいかないので
「はっそれでは捜索に行って来ます」などときびきび返事をしてさっさと部屋から出ることにした
「うん頼む。必ず手がかりを得て帰るように。それまでは出社に及ばず!」社長の張切り声が僕を送り出した
posted by Beeまたの名は熟年のK at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2023年12月09日

暴走老人会

75才の誕生日の午前
一人住まいの私の家にお届け物ドローンがやって来た

玄関の戸を開けて空を見上げた私の顔を確認して降下して来たドローンが
「シヤクショヨリノ オトドケモノデス」と言うとかなり大きめの箱を置いて行った

いつの世にもあるスキャムプレゼントかと思ったが
お役所特有のゴールデンレイボーオーラを纏っているので有難く受け取ることにした

その軽さから食べ物ではないなと思ったが
かと言って年寄り向けの組み立て家具でもなさそうだし

少し傾けても中でずれる感触もない
徐々に久しぶりの期待感が膨らみ始め私の胸にわくわくが生じていく

軽ダンボール箱の開封ボタンを押すと中身が現れた
服のような青い色の軽快スーツが入っている

今どき珍しい紙の説明書が同梱されていて『これを着用すると運動能力が増します』とある
青い服の真ん中にラインが入っているのでここかと思い両手で持って開いてみる

先程の紙製の説明書の裏に(1)着用方法とあるので改めてよく読んでみると
着脱ラインに沿って開いて昔風のワイシャツを着る要領でアンダーウエアのまま着用するようだ

うんわかったと思い早速着てみる
とてもなめらかで着心地もよいウエアだ

袖は手首まで足元は足首まである大昔のスイムスーツみたいな見た目だ
ただぴったり過ぎて室内着には向かない

かと言ってこの格好で外出するのはさすがに恥ずい
思いついて捨てずに取ってある若い頃のジャージを上から着てみた

年寄りだったらなんとか見られる格好になれたので
近くの運動公園まで散歩する気になった

ところがなんと足が軽い
とっても足が軽くてぴょんぴょん跳ねるのだ

試しにちょっと走ってみようって気になる
軽く軽く足がどんどん出て超久しぶりに風を切って走れているのだ

公園に着いてもそのままの勢いで走り回っていると
私と同じような白い頭や禿げ頭の連中が走り回っているではないか

ひとしきり走ってまだ余裕があったのだが人目もあるのでベンチに腰を降ろすと
すぐ同じような年恰好の男が二人「貴方も公園デビューですな」と親しげに語り掛けてきた

さらに同じ年頃の女性も何人か寄ってきて話しかけてくる
彼らも市役所から活力スーツ(と呼んでるらしい)が届いて走る喜びに目覚めたそうだ

それからひと月が過ぎ走り屋グループは三十人を超えていた
ちょっと前なら我々のような年寄り連中はお茶でも飲むかゲートボールでもするのだろうが

我々はとにかく走るのが楽しくてほとんど休まず
短距離愛好組と中長距離愛好会に別れて毎日走っていた

ある日Tさんが「でも私たち以外の学年の方たちってほとんどいないのね」と呟いた
気が付くと公園で走っているのは私たちの年代の連中で75未満の人たちは年寄りのままだ

我々より年上の人たちの姿はほとんど見ないが私はさほど気にならない
「活力スーツは75才の誕生日に届いてるのにね」とMさんが不思議そうに言う

それにしても毎日走っているので少しずつ疲れも溜まっているのだが
走ることの快感が私を突き動かしている

*
*

「どうです例のスーツの効果は?」
「順調ですね。ほとんどの方があれを着ると走りたくなって走り回るのです」
「ならその結果…」
「そうなんです。当市の高齢者層は見事に75〜76才で頭打ち状態になっています」
「ご本人たちも喜んでおられると言うじゃないか」
「はい、それで年金問題も医療費問題も解決なんですからスーツ様々ってことですね」
posted by Beeまたの名は熟年のK at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2023年11月15日

公平第一社会NIPPON

日本国民なら全てが公平になるように制定された『親子スクランブル法』が施行されて20年になります
この国には昔“親ガチャ”などという言葉があったようですが
親は自分の遺伝子を受け継ぐ(とされる)子供に自分が働いて得た収入や資産
若しくは自分が相続した財産を遺伝子継承者に引き渡すものとされていたのです

この法律は衰退する日本国の最後の抵抗手段として発議され国会に上程されたもので
設立までの顛末は後に日系アメリカ人のスグル・カトウにより
『再び登る日−JAPAN』の書名で全世界に有料配信され
10億DL超えのベストセラーになったことはもう皆さんご存知の通りでしょう

世界に稀に見る(ほぼ)単一の民族が複数の宗教を容認する先進国家ならではの
個人の欲求に集団としての抑制や規範を優先する祖先伝来の思考が
他国に例を見ない個人的なDNAの継承欲求を封印し
国家としての最善の方策を選ぶことを可能にしたこの一大方向転換は

全ての家庭から出産−育児−教育という苦楽を解離し
その代りに生まれてくる子の個々人の知能・運動能力・感性を国が用意する最適な環境で
育て伸ばし成長させるという画期的なシステムで
日本と言う民族集団の持つポテンシャルを劇的に伸長させ

これまでの政治システムの持つ弱点を克服させました
既に10年前から日本人の発揮する能力は
科学・芸術・スポーツ・経済活動など人類世界に多大なインパクトを与え始め
今ではあらゆる分野で日本発の新技術や文化が全世界を覆っています

全ての親が全ての子が個々の生き方を独自に選んで努力することで
結果として日本という集団に貢献できる喜びを得る場を提供するのが国家だという思想を
世界のどの国もどの個人もどの家族も理解不能だとは言え
その結果が世界をリードしている現実を世界は認めない訳にはいかないのです

NYT&BBS論説員 A.G.フラノフスキー
posted by Beeまたの名は熟年のK at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2023年10月18日

理想の暮らし 子育て

アユリが気持ちよく目覚めると、生後7か月の愛娘はまだすやすや眠っている
ぐっすり寝れたので今朝は気持ちがいい
これならキッチンに行って、夫のトーストと目玉焼きを用意してやれる

アユリの起き出す物音で、愛娘が目覚めてしまい目が合った途端、赤ん坊の口元が歪む
その直後、赤ん坊の表情変化を読み取ったBS202E(愛称ともちゃん)の優しい作動音が聞こえ
赤ん坊に柔らか感触の手が触れ、温度湿度センサーが反応しておむつの交換を優しく開始する

その作業過程にちらっと目をやって、アユリは安心してキッチンに向かう
夫契約を、先月結んだばかりのユータローが睡眠カプセルからのっそり出て来て「おはよ」って呟く
前の夫は仕事大好き人間で、収入は良かったけど、同じ生存ブースで寝起きするとつまらなかった

激減している人類増殖政策のお蔭で、女性に割り当てられる生存ブースは、男性単独や同性共棲に比べ
ずっと広く快適で、防犯防災対策も行き届いている
しかも、アユリは先々夫のコースケとの間に子どもが出来、順調自然分娩でレベルαの娘を産めた

人工生殖で生まれる子どもより、対ウイルス耐性が格段に優れている自然分娩児は
この先の未来に、目標を見出せなくなっている人類の希望の光なんだそうだ
母体に負担がかかる自然分娩が、最近の研究で脚光を浴びているのはそのせいなのだ

そのため、自然分娩を選ぶ女性には、政府の最優先育児コースが適用される
アユリも妊娠が判明し、自然分娩を選択した日からそれまで勤務していた仕事から解放され
誰もが羨む育児選択女性として、今の優良居住区に移れたのだった

昔のこの国の女性の子育ては、随分苦労があったというけれど
そのご先祖さまのお蔭で、今の暮らしがあることだけは忘れないように言われている
育児作業は全て“ともちゃん”がやってくれるので、アユリの役割は子供を愛することだけなのだ

昔、直系の母親や父親が年齢を重ねてから楽しめた、小さな子をただ愛するということが母親の仕事だ
父親という役割は、男の子を育てているカップルでは、多少存在するようだが
今の夫は女の子の父親なので、愛情の大部分はアユリに注ぐので、それはそれで満足している

世界中の、政府が存在している国では、衰退していく人類文明を守るためあらゆる努力をしている
と、確定情報閲覧機構が宣伝しているけど、本当のところはアユリは知らない
もうすぐ22世紀が来るという話だけど、世界の1億分の1の私のユニットが幸せならそれでいい

アユリは、夫が元気に朝食を食べている様を見ながら、自分用のフルーツジュースを一口飲み
マーガリンを塗ったトーストをゆっくりかじり、今は大人しくなっている愛娘を見て微笑み
こうしていると、子どもは天使という言葉が浮かんで来て、朝のこの時間を心から愛おしめるのだ
posted by Beeまたの名は熟年のK at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2023年09月30日

問題解決

…魅惑的な夜が終わろうとしていた

男は女の耳元にもう一度だけ囁いた

「いいのか、俺、お前と一緒に暮らしたいって言ってるんだぜ」

「いいの。あたしはあたしの人生を満喫したいだけ。貴方がそこに拘るならサヨナラよ」

男はドアを開けて歩み出し、女は窓に顔を寄せて輪郭が見え始めた外の通りに視線を彷徨わす

『すごいな、これでもう何組目になるんだ?』
『1億組目になります。記念のカップルですよ』

…若い男が昼下がりの公園で一人ダンスを踊っている

瞬きを忘れてその姿に見惚れている紳士が、木の幹の陰でため息をつく

踊り終えた若い男が汗も拭わず、すすっと近づいて木の幹の陰の紳士に話しかける

「貴方はいつも僕が踊っているのを見ているね」と

紳士は胸ポケットのハンカチを若い男に渡して「この先は二人で汗をかこうか」と誘いかける

『そうか、これなら問題解決だな』
『最近はこの手のカップルも増えています』

…夕暮れが会社帰りのOLの影を辺りに滲ませている

いつもの小さなカフェの前で大学卒業間近の娘が軽く手を振る

「待たせてごめんね。随分、待ったでしょ」とOLが声を忍ばせて囁くと

「ううん、いいの、わたし待ってる時間も好きだから」と返事する

二人は指を絡ませて手を繋いで、夜が深くなり始めて明るさを増す街に向かって歩き出す

『これも最近増えてますね』
『昔からあったんですが、最近は気兼ねなく行動できるんで流行ってます』

…夕食の後の新婚夫婦のゲームタイムが佳境に入っている

「あなたのフォロー、上手くなったわね。次は、爆裂火炎龍退治よ、頑張りましょー」

「火炎龍系、俺、苦手なんだよな。頼りにしてるからリリー」

チームは、溶岩流をなんとか克服していよいよダンジョンに突入だ

今夜も子どもの話をしないまま、目下、この公認カップルは熱中しているゲームの世界で燃える

『これこれ、これも上手くいってるじゃないか』WWW
『あれもこれもで、この惑星人の凶暴度も増殖度もだだ下がりなんで、任期が短縮できそうです』WW
posted by Beeまたの名は熟年のK at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説