2011年06月09日

悪魔の契約

さすがは悪魔だ
契約の満了期間を無視して現れやがった

日頃ねちねちと俺を落第営業マンだと責めていた所長や
聞こえるように陰口をきく女子社員や後輩どもに

我慢ができなくなって会社を飛び出して最少資本の会社を興して
みたものの

この不景気に早速資金が回らなくなり
女房子供を実家に帰してのネットカフェぐらしももう続かなくなって

高速道路を見下ろす橋から飛ばす車の流れを見ていたとき
あいつが現れて起死回生の『悪魔の契約』を売り込んできたんだ

契約期間は20年
その間は俺の思うがままの生活が送れるんだと言いやがった

羊皮紙(合成だそうだ)に書かれた何十項目かの契約の注意事項について
説明を聞くかと言うんで頼むと

とてもくどくどした話しぶりで項目の1から話し始めたんだが
その息が無茶苦茶臭いんだ

項目の3まで聞いてその先の重要そうなところをかいつまんで
話してくれないかと頼んだら

ねっとりした目つきで
「いいのですが私はあなたではないのでなにが重要かは解り兼ねるのですが」と、のたまう

大体こっちはもうここから飛び降りようとしていたくらいなんだから
いい加減もういいやって気になって

結局、この契約期間中にやらなきゃいかんことと
やってはいかんことだけ教えてよ

と言うと少し笑うような声を出して
「やっていいのは自分の利益になることでいかんのは不利益になることです」と言う

もちろんこっちだってそんなつもりだから
ほかに特記事項なんてないんだよねと念を押して舌で舐めた親指で唾をつけてサインした
(いまどき、悪魔の世界もDNA判定のお蔭で痛い血判なんて必要ないそうだ)

悪魔らしく煙とともに消えるとかなら納得だがどこにあったのか
古びた自転車に乗ると俺の契約書を古めかしい鞄に押し込んできこきこ走りだした

それでも10mも行かないうちに、もやみたいなものが出てきて
夕暮れの景色の中に溶け込んで消えてしまった

それからはこうなれと思ってやることは必ずうまくいった
ただ俺がうまくいくときは必ずうまくいかない奴がいてしかも

そいつが俺がうまくいったおかげでどれだけ困ったのか
必ず誰かが俺の耳に入れてくれるようにもなったんだ

最初のうちこそ俺がまとめた商談のおかげで元の会社の連中が
困った話などいい気味だと思っていたが段々気分が悪くなってきたのは当然だろ

あの悪魔の契約から1年もしないうちに俺の羽振りはすっかり良くなっていた
女房子供も戻ってはきたが金が入ってみるとそれぞれ勝手にやるばらばら家族になっていた

なにしろ家族にも他人にも気を遣うなんて確かあの契約では
いけないことになっていたし

人のことを考えない方が後で辛い気分を味合わなくって済むんだ
ということで俺は酒とか夜の女とかに溺れようとした

しかしそんな俺の限界は割と早めに来てしまった
それはまだ2年も経ったかどうかの昨日のことだ

いつものように俺が進める商談の競合会社が工場の火災でこの契約を
降りることになった

先日ひょんなことで駅前の小料理屋で一緒に酒を飲んだあの男の会社か
と気づいた俺はいつになく仕事の一部をまわしてやろうか、という気になった

今月娘が結婚するんだと上機嫌で喋っていた男の顔が思い出され
ちょっといい気分になったその瞬間、周囲がモノクロ写真のように色あせ

固まってしまった商売相手の社長と部長の後ろからあの悪魔が
勝ち誇った顔をして現れたんだ

「はい、レッドカード」
えっなんで、と言おうとした俺を片手で制して「今、自分の不利益を図ろうとしたよな」

と決め付けた強い口調で言った
ちょっと考えただけでまだなんにもしてないぞと口答えしようとした俺を

これぞ悪魔、という凄味のある眼力でねめつけ
俺の胸を持っていた杖でどんと突いた

倒れてしまった俺の身体から俺の魂を引き剥がすと
ビルの床を抜け地中深く俺の魂を引きづり込んだのだ

「それじゃあこれからお前は悪魔見習いとしてこの地獄で研修することになる
その後でお前みたいな契約者を誘い込んで3年以内に10人契約違反者にするんだ」

なんでも3年間で10人にならない場合はまた0人から3年間が始まるという、繰り返しで
俺の担当悪魔も300年ほどかかって、あと半年でもう2人契約違反者が出れば上級悪魔になれるんだそうだ

それで、どうしてもちょっぴり善いことがしたくなるように
契約者の周囲の不幸が耳に入ってくるんだ、と俺は気が付いた

「普通の人間と悪魔の契約を交わすまでのガチの営業は大変だぞぉ」
と悪魔は「今、見込客が10人はいるんだ」と得意そうに言った

「最近はすぐ悪魔に魂を売りたがる奴らが多いがそんな奴らじゃだめなんだ
善人かせめてお前のような普通の人間じゃないと審査が通らないんだ」

これはという人間を見込んだらずっとついて廻り悪魔の契約をしそうなタイミングを測る
契約条項の説明義務もあるのでクーリングオフにならないようそれも大変らしい

それで完了じゃなくって今度は契約者をず〜っとフォローして
ちょっぴり善いことをしたくなるようにメンテナンスをしないといけない、と言って悪魔は消えた

まだ見習い悪魔の身体をもらう前からうんざりする話を聞いた俺の魂はついぼやいてしまう
…こりゃあ地獄だぁ
タグ:悪魔 契約
posted by Bee at 02:00| 小説