2014年07月07日

ジャンプ!

それは突然僕のものになった

テレポーテーション
瞬間空間移動能力

それがある日、急に可能になったのだ

その日、T課長の転勤送別会で飲んで
いやだったけどつき合わされた二次会のカラオケ店の

トイレで手を洗っていたとき
どこかのルームから漏れ出た煙草の臭いに鼻が反応して

くしゃみが出た瞬間
僕は皆のいるルームに突っ立っていた

ちょうど僕の現れたドアの辺りに視線があった
M先輩が驚いた顔をしたが、すぐ笑顔でうなづいてくれた

酔っていたので気にならなかったんだろう
僕はと言えば、目の前にあったトイレの鏡が消えて

皆のいる処に戻っていたのだから驚いたけど
やはり酔っていたんで、そのまま自然に選曲リモコンの操作に移れた次第

翌朝、少し痛む頭の僕が
洗面台に向かってひげを剃っていたら

妻の「Sく〜ん、もう時間がないよー」と呼ぶ声を耳にした途端
会社の会議室にいた

幸い、もうパジャマから通勤スタイルに着替えていたし
(手にシェーバーは変だったけど)

会議室にはまだ皆集まっていなかったので
誰にも見られず、一番早い入室ということで済んだが

資料も持たず、セキュリティチェックもしていなかったのは、問題と言えば問題
それより、家に帰ってから妻に説明するのが一苦労だった

僕自身は、幸か不幸か学生時代からSF小説が好きだったお蔭で
精神的な混乱は最小限に止められていたが

なにより、この能力を自分が望むときに発露できるようにしないと
例えばトイレ中にどこぞの高級レストランにワープしたり

線路上に出現して身元知れずの轢死体としてニュースになったり
どんな目に遭っても不思議はない訳で…

まあ、ポジティブ思考でいけば、うまくコントロールできれば
通勤費が浮かせる、どころか、なにかうまい(ちょっぴりワルな道で)利用法が

あるんじゃないかと、いろいろ考えたとしても不思議じゃない
と、いうことで3日ばかり妻に内緒で有給を取って

都内に近いT山系に出かけては、修業(本気でそんな感じ)してみた
それで分かったのは、その瞬間に行きたいと思った処に行くようだが

理性的には、行きたい処は選べなさそうなこと
行ったことのない処は無理なこと

今のところ(修業を重ねれば距離を伸ばせるかも)
あまり遠くには行けないこと

それからSFにあるような、行った先にある物体に融合するとか
ぶつかるとかはなく、比較的安全に行けること

つまり、必要に応じて、ではなく
なんとなく行きたいと思っている場所に行ける、くらいの能力か

そのきっかけは、なにか言葉とか
音とかがあると、テレポート(僕はジャンプと呼ぶことにした)できること

そして、どうやら使えるのは1日1回かな、ということ
(つまり、往復は無理っぽい)

結局、あまり大したことに使えそうもない
と、いうより、まずはジャンプしたくないときは発動しないことが大事

それから、なにも起きない日も多々あったのだが
緊張の続く日常に、次第に僕は疲れていった

そんなグレイな毎日が好転したのは
M先輩と会社のトイレで一緒に並んで用を足していると

「どう、巧く使えてる?」と話しかけてくれたとき
えぇ〜、とあいまいに返事した僕に

「今度、できる仲間が集まるから、一緒にジャンプしに行かないか」
と、さりげないお誘い

ジャンプって…と、恐る恐る訊くと
「えっ、君、できるんだろ。この前、カラオケJで…」

その日、会社帰りにM先輩に連れられて行ったスナックで
ジャンプ仲間からいろいろ教えてもらった

最近、この能力が大分広まって
できる者が集まって、行き先を決めて皆でジャンプしているとか

どうやら悪いことに使おうとしている連中もいるらしく
司法関係者が検討を始めているとか

*
*

そんな、妻には内緒の少し後ろめたい気分の日々が続いたある朝
トーストが焼きあがったチンという音がした途端

洗濯機の前にいた妻の姿が消えた

そうか、
近々、妻と一緒にジャンプできるかも
posted by Bee at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説