2016年06月12日

米銃の祝い 【BSS】

暖かい日
過ぎた日々の思い出に胸が切ない

最近、涙が良く出る
締りがなくなったのは涙腺だけでなく

あっちもこっちも、だ
年は取りたくないもんだ

なんて、言いたくないのに
すぐ口から出る

こっちも締りがない
おや、誰か呼んでるみたいだ

インターフォンの調子が良くなくって
こっちで画面を確認できんのでしょうがない

玄関に行って「はい」と返事する
「入りますよ、Tさんですね」

ドアが開く(鍵かけ忘れてた!)
お巡りさんらしき制服の男が立っている

「はい、どなたです?」
「あっ、Tさんですね。私、駅前の交番から来ました」

こういうものです、と言いながら身分証を見せる
どうせよく見えないが、それらしいので首を縦に振る

「おめでとうございます、Tさん。今度88才になられて」
「あぁ、はい、そうですか」

そうか、私はもう88才になったのか
今朝、スマホが鳴っていたのは、息子か孫か

「それで、昨年からですね、政府から88才になると
こうしたプレゼントが贈られるようになってまして」

なにやらきれいな包装紙にくるまれた菓子箱、のような
へぇ〜、これが国から、私に?

「一応、こちらに受領のサインを頂いて。Tさん、お一人住まいでしたよね」
「ええ、息子は離れて暮らしてますし、家内は先に逝ったもんで…」

「それは、お寂しいでしょうね」
「ええ、まあ、慣れたと言えば慣れましたけど」

「それでは、プレゼント、ここに置いておきますからね。失礼しました」
プレゼントの箱を置いて、なんだかそそくさと帰っていく

手に取ってみると、そこそこ重い
軽く振ってみるが(ケーキのたぐいではなさそうだから)音はしない

取りあえず、頂きものなので仏壇に持って行って
女房に報告する

それで、忘れてしまって
翌朝、仏壇の水を換える時に気付いた

なんだっけ?と思いながら手にして
ああ、昨日お国からもらったやつだ、と思い出した

ダイニングに持って行って、包装紙を丁寧にはがしていく
黒い厚手のボール紙の、きちっとした箱が出てきた

しっかりした箱の造りで、なんだか高そうな贈り物だな
と、久々にわくわくしてくる

蓋が開くと、中に白いきれいな布に包まれたものがある
布をそっとはがしていく…わくわく

なんと
銃だ

黒いピストルが入っている
モデルガン?

小さな封筒も入っている
開けてみる

『T様 米寿をお迎えになりおめでとうございます
このたびお贈りさせて頂きましたのは、米国製ベレッタモデルガンと申します』

『日頃、お寂しい日々を送られている皆様には、なにかとご不便
ご不満をお感じと思い、米寿とかけてこの贈り物をお届けしました』

『こちらは、政府にて特別に認定したモデルガンでございます
ほぼ本物と同じ能力があり、日頃のご不満の対象や、ご自身に向け、1回に限り』

『ご使用頂けますので、熟考の上ご利用頂ければ幸いです』

なるほど、政府の新しい高齢化対策ってこれか!
その手には乗らんぞ、と思いながら手に取って感触を確かめている、私
posted by Bee at 15:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2016年06月03日

ままにならない人生ね(裏・思い通りの人生)

あの日を境に世の中は変わった

あたしはまだ高3で
受験勉強の真っ最中だったのに

あの日の朝、学校に行くと
先生方が緊急職員会議で午前の授業は自習

香菜ちゃんと、よしぶーと、なっちんと集まって
「なにこの状態」「いんじゃね」「自習しよ」「それよっかさー」

なんて話してると
グループ外の、たぶこがやってきて

「知ってる?駅で大変だったんだって」って
「なに?大変って」って、よしぶーが聞き返すと

「駅でさー、男の駅員み〜んないなくなっててぇ」
「へー、それで、どーしたの」って香奈ちゃんも参加

「電車もなかなか来なくってぇ、大変だったんだってぇ」
「へー、そーなの、それであの娘ら遅刻したんだー」

それで、たぶこはまた別のグループに話にいっちゃって
あたしたちは、もうちょっとその話をして、また受験の話とか

そのがやがやは、安西先生が慌ただしく入って来て中断
いつも落ち着いてる先生が、あせった顔して

「みなさん、どうもおかしなことが起きているようなので今日の授業は
中止です。もう少し様子が分かるまで学校で待機していてください」

あたしたちの学校は、中学と高校がいっしょの女子校なので
全体的に慎重なのが校風で、みんなしばらくおとなしくしていた

それから、日本中から男の人たちがいなくなっちゃったあの騒ぎ
うちも、パパが会社から帰って来ず、ママは泣いてた

警察官になったばかりの上のお姉ちゃんが頼りで
中姉ちゃんとあたしとママは、どうにか暮らしていけた

世の中は、残った女の人ばかりで構成され直して
政府も女の人ばかり、会社も学校も市役所も、み〜んな

ちいさな子供と、お年寄りだけは男がいたけど
後は、たった一人残った高野畑なんとかっていう男のひとがいるだけ

そのうちだんだん世の中も落ち着いてきて
外国との外交も始まったけど、あっちも日本と同じみたいで

戦争はみごとに終わりになって
世界中、平和になったけど、いろいろ不便なことが増えた

初めのうちは、国会だけはお年寄りの男の人が割と残っていて
なんだかんだ煩かったみたいだけど

そのうち総選挙があって、みんないなくなって
政府は女の人だけで、少ない国家予算できりもりするようになった

あたしは、どうにか大学に入って
中姉ちゃんは大学3年生、就活も始めている

ママも最近は、いきいきしている
町内のまとまりもよくなったって、言ってた

リニアとか新型ジェット旅客機とか、月探査とかはみ〜んな中断
その代わり、子育て支援(男の子は満6歳になるといなくなるけど)とか

保育園、介護施設とかには力が入っていて
自衛隊とか警察とか男のひとが多かったところは縮小して

それでも世の中うまくまわってるみたい
でも、男の子も男の人もいないってつまらなくなって

ぱぁーっとした、華やいだあの感じは無くなってるみたい
大学もL女ばっかり増えて、あたしたちみたいなNは肩身が狭い

Nはノーマル、やっぱり男のひとじゃなくっちゃっていう女の子
ほかに、子供欲しい系のひとたちは、役所に申請して

例の高野畑さんのをもらう、って方法があるらしいけど
あたしは、そんなにしてまでママにならない、つもり

上のお姉ちゃんは、新設された例の高野畑さんを守るSPになった
出世コースだそうで、配属が決まった日は随分喜んでた

あたしはあたしで、大学生になってから始めた柔道にのめりこんで
家族4人それぞれ忙しくしていた

そんな日常が、また、ついこの前、がらりと変わった
その夜、家族で観ていたテレビが急に消え

って言うか、居間ごと、っていうか、み〜んなぼやっとなって
次の瞬間、あたしと中姉ちゃんとママの3人は暗〜い部屋にいた

「誰だ!」って、怒鳴る声がして
部屋の電気が、ぱっと点いた

パパが金属バット持って、そこに立ってた
あたしたちもパパも、声が出ず、それから涙が出てきた

その後、パパとみんなで抱き合って声出して泣いた
「お前たち、どこ行ってたんだ、でも帰ってくれて良かった」

あたしたちも、パパこそ、って言って
お互い、相手の方がいなくなったって、思ってたみたい

家の形は前の通りだけど、中は汚くなってた
その夜は話だけして、翌朝表に出ると

お隣さんも向かいの片郡さんちも
ご家族で外に出ている

なんだかわからなかったけど
あたしたちが、パパたち男のひとたちがいる世界に来たみたい

日本中、世界中そうなったみたいで
こっちの世界は男ばかりで殺伐としていたみただけど

それはどの国も収まって
でも、政府はこっちの男の議員や役人が横柄で

あたしたちからすると、いけてない世界みたい
でも、自信を持ったあたしたちは、ゆっくりこっちの世界も変えてみせる

お互いいなくなってた世界は
戻ってみると急に狭くなったみたいだけど

活気と華やかさは戻ってきそう
後は、あの夜もSP警備の残業だった上のお姉ちゃんだけが

まだ家に戻ってないのが
あたしたち家族の、唯一の気がかりなんだ

posted by Bee at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説