2088年7月24日
極東の寂れた国の空港に私は降り立った
20年代をピークに
この国は徐々に衰退し
50年代に入ると
様々な天災に見舞われたこともあり
この国は世界の表舞台から
静かに退場していった
大した資源もなく
かつての繊細な感性を活かした様々な工業製品製造能力も衰え
ここの政府の言うところによる
inkyo−Lifeに入ったこの国は
世界の喧騒から一歩も二歩も離れて
静かに黄昏の時間を過ごしている
『祝平成百年』と書かれたタペストリーが下がる人影の少ない空港で
簡便な入国審査を受けた後
空港からタクシーに乗った私は
運転手が人間でないことに降りるその瞬間まで気付かなかった
Yadoと呼ぶホテルのフロントの
気の利いたスタッフもNakaiという女性スタッフも皆
気を付けて観察してみると人間ではないようだ
商談相手と会う約束のSusiyaでも従業員は皆
精巧なロボットのように見える
そのことを商談相手のミスターKに言うと
彼は穏やかに微笑みながらうなづき
「よく出来ているでしょう」と言った
なんでもこの国では
手間のかかることは全てAIロボットに任せていると言う
それで皆さんは平気なんですか
と訊ねると
「そんなこと誰も気にしてませんよ」と言う
とにかく50年代の連続大天災の危機を
AIロボットと共に乗り切ったことで
国民とAIロボットの間に信頼が通い合ったのだという
思えばこの国の先祖たちも
従順に天災を受け入れ権力を受け入れ
個々よりも家族を地域を優先してきた歴史がある
私たちは個人の幸せを追求することを最優先して繁栄してきたが
気遣いがあり柔和で活力のあるAIロボットと
穏やかで静かな人々とが混在しているこの国の醸し出している安息感は
もしかすると天国という場所に一番近いのかも知れない
大体世界のほとんどの国々が
人類対AIという対決構造に陥っている現代では
あらゆる仕事を奪いそうなAIとそれに反発する下層人民との間を調整している
私たち支配階級という三極対立に異なる宗教観が複雑にからんで
常に緊張を強いられているのが現状だ
その緊張感こそが生きている証だとわが身を慰めている現状
科学進歩が停滞し経済が低迷し貧困との戦いに明け暮れている現状
恐らくこの国がそんな過酷な世界情勢の中で
この安息感に浸っていられるのは
世界の政治家や投資家
革命家や犯罪者に至るまで
AIロボットとの共生を果たしているこの空気感を
未来への最後の救いとして残しておきたいと考えたからだろう
そんな私の感慨をミスターKに話すと
彼はこう言った
「そうですねえ。もともとAIと言うのは
我が国の言葉では“愛”とも読めますからねぇ」
2017年07月24日
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