2013年10月14日

おひさしぶり

「おひさしぶり」
声を掛けられて視線を向けると

見知らぬ女性が会釈していた

「あっ…どうも」
こちらも会釈したがどうも思い出せない

というか全く知らない顔だ
どこで会ったんだろうと戸惑っている間に

その女性はそのまますれ違って
行ってしまった

どうも最近こんなことが多い
それが男だったり女だったり

同年だったり年上だったり
年齢性別暮らし向き、皆んなばらばらだが

誰も彼も「ひさしぶり」とか
「おひさしぶり」と声を掛けてくる

…いや「おひさ」っていうのもあったな
どの人も見た記憶がない人

年だから物忘れで思い出せない
ということなんだろうが

それにしてもそんなに久しぶりの知り合いなんて
いたんだろうか

そんなことを思い巡らしていて少し疲れたので
通りの向こうに見えたショッピングセンターに入る

初めて入った店だが大体こういう店は同じようなものだ
フードコートに行けば腰を下ろせるはずだ

ドーナッツとコーヒーを渡されて
椅子に座る

周りは買い物の奥様族と女子高校生ばかりだ
ドーナッツを頬張りながらなんとなく店内を見ていると

「おひさしぶりっ!」
と元気な女の子の声がかかった

えっ、と声の主を見上げると
制服を着た可愛らしい感じの女子高校生がにこっとした

なんだか記憶にあるような親しい気持ちが
胸の奥に灯ったような

いやいや、この年で可愛い女子高校生に声をかけられて
ほんわか気分になったんだろう

…と、自らを諌めるが
どうも、知っているような

「え〜っと、君は…」
驚いたことに自分の声がかすれて変に聞こえる

女子高校生は軽く小首をかしげて
微笑んでいるような表情で私を見ている

その表情もなんとなく覚えている
なぜ覚えているのだろう

今の私の日常では女子高校生になんて決して出会っていないはず
通勤ももう何年もしていないし

市の図書館ででも見かけていたんだろうか
いやいや、いつもの新聞・雑誌コーナーに学生なんて来やしない

まじまじ見てはいけないと思いつつ
女子高校生をもう一度よく見てみる

髪は短めで、さっぱりしている
今どき珍しいセーラー服によく似合っている

なつかしいその面立ちは昔のS宮Y子のようだ
えっ、もしかしてと思う

「もしかして、君のお母さんの昔の苗字はS宮さん?」
軽く首を横に振って、今度ははっきり微笑む

まてよ、と自分の記憶が総毛立つ
S宮Y子と言えば何年か前の同窓会で

TかKが『S宮って卒業式の後、事故で亡くなってたんだって』
って言ってた

じゃあ、この娘がS宮の子供である訳ない
他人のそら似か…

その時、目の前の女の子が手の中の物をテーブルに置いた
小さなメノウの珠がころんと私の前に

はっと、それが何かが甦る
卒業式の前の日に廊下でS宮に手渡した

私の母の切れてしまったネックレスの一粒
こっそり持ち出した思い出の一滴

なんということ、わかったこのこと
そう言えばさっきのご婦人は亡くなった叔母のS代さん

*
*

「それで、貴男の見てる前でこのおじいさんが」
「そうなんですよ、なんかふわっと車道を渡り始めて」

「そうよ、反対側のスーパーに渡りたかったのかねえ」
若い警官はサラリーマンから、その隣に立っている主婦に視線を移した


*
*

「どうなんでしょう、先に亡くなった知人に会わせて自らに死を悟らせる
というのは」と天使のエム

「しかも、ひさしぶり、しか言えないなんてルールはどうなんでしょう」
と天使のエルが大天使に訊ねた

「それでよいのだよ、自身で思い当たってこそ安堵して天国に行けるのだ」
それがないと魂はいつまでも浮遊しているだけで転生できないのだから…

posted by Beeまたの名は熟年のK at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2011年06月09日

悪魔の契約

さすがは悪魔だ
契約の満了期間を無視して現れやがった

日頃ねちねちと俺を落第営業マンだと責めていた所長や
聞こえるように陰口をきく女子社員や後輩どもに

我慢ができなくなって会社を飛び出して最少資本の会社を興して
みたものの

この不景気に早速資金が回らなくなり
女房子供を実家に帰してのネットカフェぐらしももう続かなくなって

高速道路を見下ろす橋から飛ばす車の流れを見ていたとき
あいつが現れて起死回生の『悪魔の契約』を売り込んできたんだ

契約期間は20年
その間は俺の思うがままの生活が送れるんだと言いやがった

羊皮紙(合成だそうだ)に書かれた何十項目かの契約の注意事項について
説明を聞くかと言うんで頼むと

とてもくどくどした話しぶりで項目の1から話し始めたんだが
その息が無茶苦茶臭いんだ

項目の3まで聞いてその先の重要そうなところをかいつまんで
話してくれないかと頼んだら

ねっとりした目つきで
「いいのですが私はあなたではないのでなにが重要かは解り兼ねるのですが」と、のたまう

大体こっちはもうここから飛び降りようとしていたくらいなんだから
いい加減もういいやって気になって

結局、この契約期間中にやらなきゃいかんことと
やってはいかんことだけ教えてよ

と言うと少し笑うような声を出して
「やっていいのは自分の利益になることでいかんのは不利益になることです」と言う

もちろんこっちだってそんなつもりだから
ほかに特記事項なんてないんだよねと念を押して舌で舐めた親指で唾をつけてサインした
(いまどき、悪魔の世界もDNA判定のお蔭で痛い血判なんて必要ないそうだ)

悪魔らしく煙とともに消えるとかなら納得だがどこにあったのか
古びた自転車に乗ると俺の契約書を古めかしい鞄に押し込んできこきこ走りだした

それでも10mも行かないうちに、もやみたいなものが出てきて
夕暮れの景色の中に溶け込んで消えてしまった

それからはこうなれと思ってやることは必ずうまくいった
ただ俺がうまくいくときは必ずうまくいかない奴がいてしかも

そいつが俺がうまくいったおかげでどれだけ困ったのか
必ず誰かが俺の耳に入れてくれるようにもなったんだ

最初のうちこそ俺がまとめた商談のおかげで元の会社の連中が
困った話などいい気味だと思っていたが段々気分が悪くなってきたのは当然だろ

あの悪魔の契約から1年もしないうちに俺の羽振りはすっかり良くなっていた
女房子供も戻ってはきたが金が入ってみるとそれぞれ勝手にやるばらばら家族になっていた

なにしろ家族にも他人にも気を遣うなんて確かあの契約では
いけないことになっていたし

人のことを考えない方が後で辛い気分を味合わなくって済むんだ
ということで俺は酒とか夜の女とかに溺れようとした

しかしそんな俺の限界は割と早めに来てしまった
それはまだ2年も経ったかどうかの昨日のことだ

いつものように俺が進める商談の競合会社が工場の火災でこの契約を
降りることになった

先日ひょんなことで駅前の小料理屋で一緒に酒を飲んだあの男の会社か
と気づいた俺はいつになく仕事の一部をまわしてやろうか、という気になった

今月娘が結婚するんだと上機嫌で喋っていた男の顔が思い出され
ちょっといい気分になったその瞬間、周囲がモノクロ写真のように色あせ

固まってしまった商売相手の社長と部長の後ろからあの悪魔が
勝ち誇った顔をして現れたんだ

「はい、レッドカード」
えっなんで、と言おうとした俺を片手で制して「今、自分の不利益を図ろうとしたよな」

と決め付けた強い口調で言った
ちょっと考えただけでまだなんにもしてないぞと口答えしようとした俺を

これぞ悪魔、という凄味のある眼力でねめつけ
俺の胸を持っていた杖でどんと突いた

倒れてしまった俺の身体から俺の魂を引き剥がすと
ビルの床を抜け地中深く俺の魂を引きづり込んだのだ

「それじゃあこれからお前は悪魔見習いとしてこの地獄で研修することになる
その後でお前みたいな契約者を誘い込んで3年以内に10人契約違反者にするんだ」

なんでも3年間で10人にならない場合はまた0人から3年間が始まるという、繰り返しで
俺の担当悪魔も300年ほどかかって、あと半年でもう2人契約違反者が出れば上級悪魔になれるんだそうだ

それで、どうしてもちょっぴり善いことがしたくなるように
契約者の周囲の不幸が耳に入ってくるんだ、と俺は気が付いた

「普通の人間と悪魔の契約を交わすまでのガチの営業は大変だぞぉ」
と悪魔は「今、見込客が10人はいるんだ」と得意そうに言った

「最近はすぐ悪魔に魂を売りたがる奴らが多いがそんな奴らじゃだめなんだ
善人かせめてお前のような普通の人間じゃないと審査が通らないんだ」

これはという人間を見込んだらずっとついて廻り悪魔の契約をしそうなタイミングを測る
契約条項の説明義務もあるのでクーリングオフにならないようそれも大変らしい

それで完了じゃなくって今度は契約者をず〜っとフォローして
ちょっぴり善いことをしたくなるようにメンテナンスをしないといけない、と言って悪魔は消えた

まだ見習い悪魔の身体をもらう前からうんざりする話を聞いた俺の魂はついぼやいてしまう
…こりゃあ地獄だぁ
タグ:悪魔 契約
posted by Beeまたの名は熟年のK at 02:00| 小説

2010年05月02日

ポイント社会

今朝、会社に着く前に2件よいことができた。

電車の中でお年寄り(しかも80代の!)に席を譲ることができ、
改札を出た直後に、定期券を忘れた女子高校生に電車賃を貸してあげられた。

もちろん、日頃の心掛けがモノを云ったのだと思う。
おばあさんのときなど、電車があの駅のホームに入る頃から、
僕以外にも3人は身構えていたのだから。

去年の「親切ルール」改定で、親切は身のまわり1.5m以内に
限るというあのルールを、僕は実にうまく利用している。

おばあさんに席を譲って立ち上がった僕を、周囲の人々が
羨ましそうに見ていたっけ。

しかも80代以上の人が付けている紫バッチが袖から見えた時は、
ご贔屓チームのホームランボールを外野席でキャッチできたときみたいだった。

あれが50ポイント、女子高校生が5ポイントで今日は既に
55ポイント稼いでしまった。

街角から交通機関、職場からお店にも、住んでるアパートにだって、
どこにもかしこにも、トイレの中以外(もしかして…?)、

監視カメラだらけの今の社会に苦情がでないのは、
この親切ポイント制度があればこそなんだろう。

犯罪防止の監視カメラを、市民の親切行為のカウント用に転用した
N大臣のアイデアは、日本人の心にクリーンヒットした。

どの世界の人間も、咎められるより褒められることを好むのが、
大勢だったようだ。

月末の自分の親切口座に「親切ポイント」が何点振り込まれるか、
それがみんなの、もちろん僕の楽しみだし生き甲斐だ。

どんな些細な親切も、本人さえ気づかないうちにカウントしてくれる、この「親切ポイント」のおかげで、

世の中きれいになったし(ゴミなんて道のどこにもありゃしない)、めいわく行為なんてほとんどなくなった。
お年寄りや妊婦さんや小さい子供は、本当に安心の社会だろう。

その後、さすがにそんなラッキーはなく、逆に営業に出かけた時、
地下街でちょっと道に迷った瞬間、買物中の奥さんに道を教えられ(マイナス3ポイント)てしまったのが悔やまれる。

それでも、親切行為には気持ちよく応対しなければいけないのは
よく知ってるから、笑顔でお礼を言ったのは云うまでもない。

アパートに帰って、今日のポイント告知メールをチェックすると、
ついに5000ポイントを超えていた。

もう、相当な交換可能ポイントだが、僕の目標の1万ポイントまでは道半ばだ。
1万ポイントの殺人無罪カードをもらえれば、世間の僕を見る目が変わる。

社内だって、お取引先だって無罪カードの威力はよくわかっている。
今夜も、無罪カードを手にしたときのことを考えながら、いい夢を見よう。
posted by Beeまたの名は熟年のK at 23:56| 小説

2010年01月14日

タイムトラベル時代

「てやんでぃべらぼーめぃ!」
威勢よく言ったものの、続くセリフが出てこない。

「なにおぅ、このすっとこどっこい!てめえが往来を
ふらふら歩いてやがんで、俺っちとぶつかったんじゃねぇか!」

立て板に水的にべらべらっとやられると、どうしても
言い負かされてしまう。こりゃ、2年生か、3年生だな。

浅黒い職人姿の男は、言うだけ云うと
肩の道具箱をひとゆすりして、行ってしまった。

ぶつかってこられたこっちは、道に落ちた帳面入れからこぼれた
通い帳型有機LEDパソコンの具合と、世間の目が気になっている。

お店(タナ)に戻ると、副番頭補佐の伝助さんが、私の着物を見て、
あれあれという顔をしている。

「いやぁすみません、ちょっと役所の佐々木様の帰りに、
ひどい大工がぶつかってきたものですから…」

「そうかい、あんたまだ1年生だったよね。ま、それじゃ仕方ない
けど、御城下の往来を歩くときは気を付けてないといけないよ。

職人がぶつかってくるくらいならいいんだけど、最近は
スリやヤクザなんかもいるって云うからね」

「はい、気をつけます」そう言ってお辞儀をして自分の席に戻り、気になっていたパソコンの電源を入れる。どうやら無事だったようだ。

日本と世界が未曾有の経済危機に陥って10年、日本独自の廻旧政策で、
現代〜大正〜江戸の各時代の生活水準を、国民の3割ずつが3年ごとに持ちまわるというもの。

昨年まで大正時代に暮らしていた我が家は、今年から江戸時代地区に住んでいるという訳だ。

国民全部の生活の質は落とさない、しかも温暖化防止条約で、炭酸ガスの排出制限にも役立つという触れ込みで始まったこの政策は、

家族、地域まるごと生活水準を変える(=落とす)ということを、タイムスリップというお遊び感覚にして、

深刻なものにしないという点ではまあ成功なのだろうが、3年先の「現代」に戻った時、無事に適応できるかが心配でもある。

だが、子供は早速慣れたようだし、いまの長屋マンションでも、2年目3年目の先輩住民がよくしてくれるので、妻も満更ではないようなのだ。

家族が各時代に移転する際、1か月ほどの順応期間があって、講師の先生方からいろいろ聞いていたことは役立ったのだが、

それ以上に頼りになるのが、唯一時代を超越して15歳以上が所持を許されている、この自発電型有機LEDパソコンだ。

生活の諸知識、仕事の進め方、「現代」に残留している元の会社との連絡と、まさに各個人の守り神だ。

まあ、究極のリサイクル社会として名高い江戸時代は、人情も温かく、呑気になってしまえば住み心地もよいので悪くはない。

ただ、最近入手した「現代」からのニュースによると、景気のさらなる悪化で、江戸時代の次に奈良・平安か、下手をすると弥生が新設される法案が準備されているらしい、というのが気がかりだ。




posted by Beeまたの名は熟年のK at 10:54| Comment(0) | 小説

2009年12月09日

仕分けの日

神経をすり減らす、過酷な長い一日がやっと終わった。
まだ残業している連中に挨拶して僕は会社を出る。

明日は休日だし、やっとメドがついた仕事の余韻を冷まそうかと、
飲み屋街に向かいかけた足が止まる。

そうだ、明日は仕分けの日だった。
気分が一気に滅入る。同期のYも仕分けられた翌日は凹んでたもんな。

夜が明けて、朝が来た。
仕分けの会場は、近くの公民館の会議室だ。
21会議室と書かれた大きい方の会議室に出向くことになっていた。

広い会議室の半分くらいのスペースは¨傍聴人席”になっていて、大勢の人がもう席に着いている。

僕の両親と兄貴夫婦、妹、それから彼女のご両親ともちろん菜々美、さらには僕の実家のお隣さんらしき人までいる。

僕ら仕分けられる側は、10人だった。
係の人に指図されるまま席に着く。

10人のそれぞれに、所属している会社の上司や習い事の先生や飲み屋の親父なんかが2〜3人ずつ付いている。
僕の場合は、上司のA課長とバイク仲間のWだった。

向かい側に仕分け屋が3人、僕らが事前に出した資料を眺めている。
真中の、ちょい険あり美人がリーダーのようで、こう切り出した。

「本日はお忙しい中、ご出席いただきありがとうございます。
我が市の将来を背負われているみなさんの、日々の努力が無駄にならないよう、しっかり仕分けをさせていただきます」

「まず、仕分けを始めるに当たって、本日の進行を説明させて頂きます」右隣の黒ぶちメガネが話出した。

「本日の仕分け対象者は10人いらっしゃるので、お一人の仕分け時間は、30分とさせていただきます」傍聴席のうなづく気配。

「まず最初のTさん、ここにある資料によれば、あなたの収入に対して今お持ちの車の価格は高すぎませんか?」

「あなたの生活環境を見れば、こんなスポーツタイプの車は必要ないんじゃぁないのですか?」

いや、それは、とTさんは反論しかかるのだが、ちょっと喋るとすぐにぴしゃりとやられてしまい、結局今の収入と、勤めている会社での将来性まで判定されて、維持費が半分の車への買い替えに仕分けられてしまった。

次の次は僕の番だ。大体、一人30分の応答時間で個人の趣味や、将来の夢への投資まで判定し、仕分けてしまうこの制度はおかしいんじゃないかと思ってしまう。

どうも傍聴席にいる家族や身内の大部分は、人生と収入の何割かを趣味や思い込みや、遊びに浪費しているように見える部分が気に入らないようで、概ねこの家計費仕分け制度を支持しているようだ。

そばにいて弁護してくれるはずの上司もバイク仲間のWも、舌鋒鋭い仕分け屋に突っ込まれれば、すぐにしどろもどろになって、男のロマンを守ろうなんて言っていたことは忘れてしまうんだろうな。

ああ、それにしても国から地方自治体への権限委譲から始まった男の24歳と42歳、女の36歳にやるこの仕分けの日は、昔の厄年から派生したものだとはよく云ったもんだ。
posted by Beeまたの名は熟年のK at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2009年11月13日

大競争時代

仕事を終えて町に出たときには、もう9時を回っていた。
ちょっと健康酒場でヴィタサワーでも飲んで帰るか、と思って
ダウンタウンゾーンに向かいかけて、はっと気付いた。

そうか、ヴィザの更新手続きを忘れていた。
このところ急に忙しくなっていたので、ヴィザ更新を怠っていたのだ。

ほとんどのことが、ネットで手続きできる今の時代になっても、
ヴィザの申請、更新は昔ながらにこちらから足を運ばないといけない。

相変わらずの政治・宗教間テロの跋扈に加え、無思想未来否定論者などの新参組が強制集団心中を仕掛けてくる昨今なので、これだけは本人確認が必要なのだ。

しかたない、今日中に手続きしておかないと、あの不便で感じの悪い住所地市役所に行かないといけなくなってしまう。

そんなことは願い下げなので、このところ会社でも評判の良い、K市住民サービス課のA市サテライトオフィスに向かった。

確か、この先の複合ショッピングタウン内にあったはずだ。
同僚のKENが、先週夜の10時のクローズタイムに間に合ったと言っていたから、多分大丈夫だろう。

結局、手続きを完了したのは10時ちょっと過ぎになってしまったが、窓口の可愛い係員はいやな顔ひとうせず、丁寧に応対してくれた。

手続きと云ったって、虹彩認識による本人確認が主で、後はちょっとした心理ゲームをやらされて、本人も気づいていない危険徴候をチェックするだけなんだけど。

KENが言っていた通り、いい感じだったので満足指数を20%も上乗せしてやったら、係の可愛い娘ちゃんがケータイにキスマーク入りのフォトメールを近接送信してくれた。

ちょっと高めの出費になったけど、僕は満足してK市のSOを出た。
それにしても、近隣の行政区までなら他市の市民サービスを取扱えられる制度のお蔭で、市役所のサービスもよくなったものだ。

やる気のある市役所は、どんどん隣接の市に進出して業績を伸ばして成長を続けているし、役所内の部課によっても成績が反映するから、取扱い業務の取り合いが熾烈らしい。

なんにせよ¨お役所仕事”という言葉が、サービス過剰を意味する時代になったことだけは確かなようだ。
posted by Beeまたの名は熟年のK at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2009年08月13日

夢屋

そうなんです、インターネット検索はいろいろ試しました。
でも、あれはだめですね。

個人的な主張になり過ぎるか、仕事人間の宣伝か、はたまた
妖しい勧誘か。

いずれにしても、本当にどこまで信じて夢を語っているのか、
ネットじゃあわからんのですよ。

そうです、それでこうして夢が語られそうな雰囲気の喫茶店とか、
いま居るこんな飲み屋さんを歩いてる訳なんです。

夢ってぇのは、やっぱりほら、語らないとだめなんですよねぇ。
語ってるうちに表面の汚れが落ちて、きらっとほら、砂金とか、

古い仏像の肌の奥の金箔とかが見えるみたいに、きらっとしないと
本物じゃないんだよなあ。そう思うでしょ。

他人の夢、聞いて回ってどうするんだっておっしゃるんですか、
そりゃあほら、商売なんですよ、私のね。

いい夢の話なら、高く買って下さるクライアントってぇのが、
いらっしゃるんですよ。何処にって、そりゃ企業秘密です。

でもね、あなたのお話もなかなかいいですよ。ま、売れるかな、
って線のすれすれですけどね。

この間の、ニューギニアに行ってアレクサンドラトリバネアゲハっていう世界最大の蝶を100匹集めて、ドーム球場で飛ばしてみたい夢は、結構いい値がつきましたっけ。

お金持ちで、夢亡くしちまってる人は多いんですよ。でも、クライアントになれるのは、ほんの少しなんです。

夢が必要だってこと、忘れちゃってる人が多くって、最近は。
夢は、って聞くとまずお金なんですね。

それから健康だとか美味しいものだとか、きれいなもの見たいとか、そんな程度の漠然としたものしか持ってないんですよ。

金持ちも、貧乏人も、学生も、へたすると子供も、持ってないんだよね、はっきりした夢は。

でね、こうやって世間話しながら、それでもどっかにある夢を、
見つけて、持ってってあげるんです。

ぴたっとヒットすると、喜ぶんですよお金持ちが。結構な額、払ってもいいくらいにね。

私の夢ですか、あなたそれを私に聞くの?
私の夢かぁ…。なんなんでしょうねえ、夢を売ってお金が貯まったら、田舎に五百坪くらい土地買って…。

だめだねえ、売れないねえ、こんな夢じゃあねえ。
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2009年07月20日

創作時代

ドアを開けると玄関の照明が柔らかく点く。
一人暮らしの寂しさも、このシステムのおかげでほとんど感じないで済む。

同じタイミングで作動した部屋の空調も、外気温と私の体温等を感知した適切なものだから、快適だ。

キッチンに立つと、冷蔵庫の扉に貼ってある有機ELモニターが自動発光して、私の好みと健康を考慮(と言っても、自分で入れたデータが基なんだが)したメニューが3つ表示される。

どれにしようか、と一瞬迷ったりするが、結局「親子丼と有機野菜サラダ」を選ぶんだよね。
もうひとつ上のランクにしておけば、メニュー数も質もぐっと良くなるらしいが、2級契約社員の身では、これが限界だ。

それでもなかなかいける味の(自分の好みが考慮されてるんだから当たり前か)夕食をキッチンテーブルで摂ると、また今夜もお楽しみの「ネット創作広場」に出かける。

私も、3つの創作披露サイトをかけもちしているから忙しい。
ひとつは「SF作家場」もうひとつが「恋愛至上主義者会」、そして「ミステリー館」だ。

あなたも多分、2つや3つの創作広場に属していると思うけど、3つが3つとも、かなりメジャーな広場なんで、それが自慢。

それでも、こうして創作マイページを書いていると、日常のうっぷんも紛れるというものだ。
職場では、こうしたプライベートなことは話し合わないが、多分こんな風に夜を過ごしてる連中が多いんじゃないかな。

それにしても、この国は歴代の指導者があまり的確な政策を打てなかったおかげで、貧しさが定着してしまって久しい。

みんな収入が少ないから結婚してないし、“できちゃった子供”は国が預かってくれるから、認知親登録だけで済んでるし。

それでも、暴動が起こったり、戦争に向かったりしないのは案外、この“創作でストレス発散”ブームのおかげだったりして…。

そうか、そんなテーマで「SF作家場」に書いてみようかな。

posted by Beeまたの名は熟年のK at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2009年06月26日

未熟な脳

折角、脳として生を受け進化してきたのに、この星の連中は現状、停滞したままです。

それなりの自己分析能力もあって、脳としての存在が解明されているにも拘らず、乗り物に操られるケースが非常に多いのです。

痛いだとか熱いだとかの、故障前信号には瞬速で対応しないといけないので、乗り物任せにするのは理解できますが、

(と言っても、我々一般脳人のようにそこも充分コントロールできるのが分かる日も、いずれ来るのでしょうが)

最大の被操縦動機が、この星の乗り物の機能刷新メカである、生殖行動なんですから、あきれるばかりです。

この件、については次回の報告に続けます。

posted by Beeまたの名は熟年のK at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 異星人日記

2009年04月12日

時計

まだ時間があるな、と思った私は初めて仕事で訪ねたこの街の
新幹線駅近くの路地にある立ち飲み屋の縄暖簾をくぐった。

とにもかくにも仕事が取れたプチお祝いのつもりで、焼き鶏とビールを頼んで店内を見回すと、額の禿上がったいかにも学者風、といった感じの客がもう一人いるだけだった。

それでも簡単な丸い木の椅子があり、意外に旨い焼き鳥に、2本目を頼もうと思ったが、その学者先生らしき人物が店主にくどい口調で話しかけているので声をかけるタイミングが掴めない。

なんとか店主の視線を捕まえようとして、その学者先生と目が合ってしまった。

なんだかからまれそうだったので、慌てて視線を腕時計に移して、時間を気にしている風にする。

すると、その学者風の人物がふらっと立ち上がって、こちらの席の隣に腰を下ろした。

店主が、すいませんね、たまにみえるお客さんなんで、と小声で言った後、大きな声で「へい、おビール1本!」と弾みを付ける。

「あなたはさっきから、それをちらちら見てるが、それがなんだか知ってるんですか?」

「はあ?」と私は間抜けな返答をしてしまった。まずいぞ、なんかからまれそうだ…。

「そいつのおかげで、我々は時間に追われるようになってしまった…」深いため息をついてその初老の男は言った。

「それって、この時計のことですか?」相手にならん方がいいのに、と思いながらも返事をしてしまう。

「人類がそいつで、この地球の時間の流れを加速させてから、どれだけ経っているのか、ああ、この私もそいつに支配されている…」

なんだかよく分からないが、この人物は時計のことを言っているらしい。

「そりゃあ日時計や水時計あたりから言えば、2〜3千年前からでしょ」この手のちょっと科学系の話題が好きな私は、つい乗ってしまった。

「そうだ、君はなかなか知っとるようだな。水時計は約4千年、日時計は約5千年前の古代エジプトや古バビロニアで出来とる」

「確か、懐中時計みたいなものは15世紀くらいにあったんですよね」なんだか褒められた学生みたいな気分で、余計なことまで言ってしまう。

「そうだ、砂時計なら11世紀頃だ。とにかく最初は、農業をやるために人類が手にした“季節を計る”道具が、いつのまにか“時を計る”機械になってしまったことから、この悲惨な状況に、加速度がついたのだ」

半分は私に話しかけているようで、半分は独り言のような話。

「そうですねぇ、最近の電波時計なんか、時刻合わせも必要ないし、ソーラー電池だから…」それが自分の腕にあるという満足感を匂わせてそう言いかけたとたん、

「そうだ、そいつが最悪の機械だ、悪魔の道具だ!」

なんで、こんな見ず知らずの男に怒鳴られなきゃいけないの、とむかっとすると、

「いや、君が悪いんじゃあない。これは人類のいや、アマゾンなんかの連中は除くから、先進国ってぇやつの支配階級の連中のせいなんだが…」

酔っているせいで抑揚がおかしいが、いわゆる酔っ払いの世間に対するクダマキだった。

店主が、すいませんねぇ、でも某大学の偉い先生なんですよ、と補足してくれる。

「この機械が、地球のゆったりしていた時間の流れを加速させているんだ。と言うより、時間なんて気にしている人類だけがその急流にボートを乗り入れたようなもんだが…」

「はあ、急流にねぇ…」一応悪い人ではないということで、優しい気持ちで受け答えすることにした。

「この機械が刻む、文字通り時間の流れをきざんでしまうおかげで、時間流の粘りと言うか、滑らかさが失われて、誰にとっても味気ないさらさらの時間の経過になってしまったのだよ…」

そう語る学者さんは、酔いがすっかり回ったせいか、目がとろんとなり始めている。

「君も気づいてるんだろ、時間の経つのが日に日に、年々早くなっていることを」

それはそうですけど…と言おうとする私に、学者は少し目の据わったような、と言うよりなにかに怯えるような顔で話し続けた。

「どうも私の計算では、この人類が創りだした時の急流の果てには滝のような処があるはずなのだよ…」

「滝、ですか…」時の流れったって、流れてる訳じゃあなくて比喩的なものなんだろう、と思いはしたが一応相槌は打った。

「多分、そこでは時間経過に対しての物質の変化が、劇的なものになるはずなのだ。もちろん、人類や人類に関わっているもの全てもそれからは逃げられないだろう」

「はあ、そうなんですか。でも、具体的に言うとどうなるんでしょう?例えば朝、歯を磨こうとすると口の中に晩飯が入ってくるとか…」

なんとかこの学者さんのノリに付き合ってみようと、軽口を叩くと、学者さんは偉く生真面目な表情で、うんそれもあるかもな、と呟いた。

さあ、先生そろそろお帰りのお時間ですよ、と店主が声をかける。

それで、はっと腕時計を見ると、さっきこの店に寄った時には8時前だったのに、もう12時を過ぎていて…。

「しょうがないな、いつの間に時間が経ったんだろう、最終の新幹線は出ちまったか。親父さんこの辺りにカプセルホテルでもないかな…」

posted by Beeまたの名は熟年のK at 12:32| 小説