2009年04月12日

時計

まだ時間があるな、と思った私は初めて仕事で訪ねたこの街の
新幹線駅近くの路地にある立ち飲み屋の縄暖簾をくぐった。

とにもかくにも仕事が取れたプチお祝いのつもりで、焼き鶏とビールを頼んで店内を見回すと、額の禿上がったいかにも学者風、といった感じの客がもう一人いるだけだった。

それでも簡単な丸い木の椅子があり、意外に旨い焼き鳥に、2本目を頼もうと思ったが、その学者先生らしき人物が店主にくどい口調で話しかけているので声をかけるタイミングが掴めない。

なんとか店主の視線を捕まえようとして、その学者先生と目が合ってしまった。

なんだかからまれそうだったので、慌てて視線を腕時計に移して、時間を気にしている風にする。

すると、その学者風の人物がふらっと立ち上がって、こちらの席の隣に腰を下ろした。

店主が、すいませんね、たまにみえるお客さんなんで、と小声で言った後、大きな声で「へい、おビール1本!」と弾みを付ける。

「あなたはさっきから、それをちらちら見てるが、それがなんだか知ってるんですか?」

「はあ?」と私は間抜けな返答をしてしまった。まずいぞ、なんかからまれそうだ…。

「そいつのおかげで、我々は時間に追われるようになってしまった…」深いため息をついてその初老の男は言った。

「それって、この時計のことですか?」相手にならん方がいいのに、と思いながらも返事をしてしまう。

「人類がそいつで、この地球の時間の流れを加速させてから、どれだけ経っているのか、ああ、この私もそいつに支配されている…」

なんだかよく分からないが、この人物は時計のことを言っているらしい。

「そりゃあ日時計や水時計あたりから言えば、2〜3千年前からでしょ」この手のちょっと科学系の話題が好きな私は、つい乗ってしまった。

「そうだ、君はなかなか知っとるようだな。水時計は約4千年、日時計は約5千年前の古代エジプトや古バビロニアで出来とる」

「確か、懐中時計みたいなものは15世紀くらいにあったんですよね」なんだか褒められた学生みたいな気分で、余計なことまで言ってしまう。

「そうだ、砂時計なら11世紀頃だ。とにかく最初は、農業をやるために人類が手にした“季節を計る”道具が、いつのまにか“時を計る”機械になってしまったことから、この悲惨な状況に、加速度がついたのだ」

半分は私に話しかけているようで、半分は独り言のような話。

「そうですねぇ、最近の電波時計なんか、時刻合わせも必要ないし、ソーラー電池だから…」それが自分の腕にあるという満足感を匂わせてそう言いかけたとたん、

「そうだ、そいつが最悪の機械だ、悪魔の道具だ!」

なんで、こんな見ず知らずの男に怒鳴られなきゃいけないの、とむかっとすると、

「いや、君が悪いんじゃあない。これは人類のいや、アマゾンなんかの連中は除くから、先進国ってぇやつの支配階級の連中のせいなんだが…」

酔っているせいで抑揚がおかしいが、いわゆる酔っ払いの世間に対するクダマキだった。

店主が、すいませんねぇ、でも某大学の偉い先生なんですよ、と補足してくれる。

「この機械が、地球のゆったりしていた時間の流れを加速させているんだ。と言うより、時間なんて気にしている人類だけがその急流にボートを乗り入れたようなもんだが…」

「はあ、急流にねぇ…」一応悪い人ではないということで、優しい気持ちで受け答えすることにした。

「この機械が刻む、文字通り時間の流れをきざんでしまうおかげで、時間流の粘りと言うか、滑らかさが失われて、誰にとっても味気ないさらさらの時間の経過になってしまったのだよ…」

そう語る学者さんは、酔いがすっかり回ったせいか、目がとろんとなり始めている。

「君も気づいてるんだろ、時間の経つのが日に日に、年々早くなっていることを」

それはそうですけど…と言おうとする私に、学者は少し目の据わったような、と言うよりなにかに怯えるような顔で話し続けた。

「どうも私の計算では、この人類が創りだした時の急流の果てには滝のような処があるはずなのだよ…」

「滝、ですか…」時の流れったって、流れてる訳じゃあなくて比喩的なものなんだろう、と思いはしたが一応相槌は打った。

「多分、そこでは時間経過に対しての物質の変化が、劇的なものになるはずなのだ。もちろん、人類や人類に関わっているもの全てもそれからは逃げられないだろう」

「はあ、そうなんですか。でも、具体的に言うとどうなるんでしょう?例えば朝、歯を磨こうとすると口の中に晩飯が入ってくるとか…」

なんとかこの学者さんのノリに付き合ってみようと、軽口を叩くと、学者さんは偉く生真面目な表情で、うんそれもあるかもな、と呟いた。

さあ、先生そろそろお帰りのお時間ですよ、と店主が声をかける。

それで、はっと腕時計を見ると、さっきこの店に寄った時には8時前だったのに、もう12時を過ぎていて…。

「しょうがないな、いつの間に時間が経ったんだろう、最終の新幹線は出ちまったか。親父さんこの辺りにカプセルホテルでもないかな…」

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2009年01月23日

時間短縮

「しっかし最近、時間経つの早くねっ?」
「んだよな、朝起きたと思うともう昼飯だし、喰ったって思ってるともう夜飯だもんな…」

若者がしゃべっているのを、吊革にしがみつきながら聞くともなく聞いていた私は、思わずそうそう、と頷いていた。

家に帰ると、かみさんが飯をよそいながらこぼす。
「ほんと、時間の経つのって早いんだから、お父さんとヒロシとアツコを送り出してお洗濯して買い物に行って……」

要するに1日経つのがいかに早いかって話だ。
「そうだね、この間お正月だと思ってたらもう節分だし、すぐにひな祭りと端午の節句だなあ」

「バレンタインにホワイトデー…」
「お兄ちゃんには関係ないけどねー」

たわいもない家族の会話に流れてしまったが、本当に時が経つのが早くなった。

いや、そう感じるだけで、それは何度も経験していることは、先が読めるので、体の感覚が手抜きしているからと、聞いたことがある。

それから1週間、2週間が飛ぶように過ぎたある日、私は会社の用事でN大学の理論物理研究室を訪ねた。

「先生でしょうか。恐れ入りますが私は、S書店の時田と申します。ご注文の専門書をお届けにあがったのですが」

大手書店の駅前支店の店次長である私は、滅多に納品などやらないのだが、今回は初取引になったN大学理学部の早野教授にご挨拶をと、やってきたのだった。

早野教授は背が高く痩身で、ぱさつく髪を指でかきあげる癖があったが、人はよさそうで思わず長居をしてお喋りをしてしまった。

「いやぁ、もうこんな時間だ。時の経つのは早いもんですなあ」
お忙しいところを失礼しましたと言って帰りかけた私に、「あなたのせいじゃあないですよ」と早野教授が言った。

「あなたのせいじゃあなくて、原子崩壊のスピードが上がってるからなんですよ」

「へえ、原子崩壊…?」
「そうそう、物質はね、皆原子でできてるのはご存知でしょう」

「はあ…」
「その原子は原子核の周りを電子が回っていて、そのスピードがかつては一定だということになってたんですが、それがね…」

要するに、もの皆全てを形作っている原子の活動が基本で、その原子の変化が表わしているもの、それが時間なのだそうだ。

最高に正確な原子時計も、原子の共振を基準にしているから、原子そのものの崩壊では、計りようがないらしい。

ただ、動物としての直観と高等動物としての知覚が、時の流れの速さを感じ取っているらしい。

早野教授によれば、最近は加速度的にスピードが上がっていて、4〜50年前の30%増しくらいになっているのだそうだ。

結局、話はそれで終わりで、この先どうなるのかはまだ計算中なのだという話であった。

話を聞き終わって研究室を出ると、早くも外は夕暮れ時になっていた。ああ、早く店に戻って仕事を片付けないと…。
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2008年12月25日

未来予報

食事が終って父がテレビジョンのスイッチを入れる。
このときばかりは、一家団欒、楽しいテレビタイムだ。(ふっ)

僕も学科試験のことを一時忘れて、壁掛けビジョンに見入る。
今日のニュース番組の後、きらびやかな画面とサウンドが部屋を満たす。

父が母にうなづいてボリュームを2ランク上げてもらう。
「ご家庭の皆様、今夜の未来予報は“2147年中部山岳地帯は温泉ユートピアになっている”で〜す」

割り増し気味の明るい声で、男女のキャスターが緑の山岳地帯を行くリニアの画像を紹介しながら、楽しげに話し始めた。父と母は手を取り合って、うっとりした表情で画面を眺めている。

「昔、父さんが子供だった頃、あのリニアに乗ったことがあるんだ」母が、うんうんとうなづいている。

残念だけど、僕は行ったことがない。リニアにも乗っていない。父さんだけは、一度だけ乗ったことがあるらしい。

「あの頃は、環境保護だとか、エコだとか言ってはいたけど、今よりずっと自由に資源を使えていたから、科学技術はどんどん発展していってたんだ」

そう、それを進歩と呼んでいた時代があったんだ。今の学校では、ほんの30何年か前の時代を『サイエンスコースター時代』と教えてくれている。上って行って、さーっと落ちたからだ。

その時代は、予想されていた文明の進歩が様々な理由で壁にぶち当たり、一気に瓦解していった暗黒の15年の初めの年でもあったんだ。

世界は、予想していた環境変化と、人類が持っている生物的限界が、社会機能が、宗教が、みなそれぞれが持っていた固有の問題を制御し切れないで、抗いながら崩壊していった。

もうそろそろ終わる2046年(幸楽8年)は、未だに完成しない人工葉緑素の研究にまだ望みがあるとされ、落雷蓄電池の研究にめどがついたことくらいが明るい話題で、現実の苦しさ、厳しさは全く軽減されなかった、いつも通りの1年だった。

平成生まれの父母や昭和生まれの祖父母には酷かも知れないが、僕ら長久世代や、今の幸楽生まれの連中には、文句さえも言いたくないくらいの暗黒時代だ。

両親が好んで見ている、この「未来予報」だって、苦しい現実から国民の目をそらすための、政府が影のスポンサーだということは公然の秘密の“もしうまくいったら”番組で、それも100年後の未来予報ってことになってる。

僕らだってそんなこと分かってる。せめて未来に希望を持ちたいっていう気持ちは分かるし、そんなデリカシィさえないような国の政策なんて、もっと願い下げだから、こうして大人しく旧式の壁掛けテレビを見てるんだ。

あなたの家だって、おんなじでしょ?
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2008年12月08日

理想の町

「おおっと、あぶないよおばあちゃん。転がっちゃったリンゴは、僕が拾ってあげるから」

停まったバスから降りてきたおばあさんが、ちょっとよろけたはずみに、持っていたエコバッグからリンゴが3つばかりこぼれて道に転がった。

会社に行くにはこのバスに乗らないと遅刻しそうな朝だったが、僕は迷わずおばあさんのリンゴを拾い集めた。

それでも、遠くに転がったリンゴは高校生らしい男の子が拾ってくれたし、バスの運転手さんも笑って待っていてくれた。

会社にはちゃんと間に合って、受付のあの娘も可愛い声でおはよう、と言ってくれた。気分のいい一日が始まった。

昼休みにいつもの食堂に行こうとすると、後輩の高橋くんが真剣な顔で、相談があるんですが、と言ってきた。

話を聞いてあげると、昨日訪問したYY商事への今月末の納品が間に合わないらしい。昼休み後に商品部の田島課長に交渉してあげると、言うと大分元気が出たようだった。

結局、田島課長もじっくりお話したら分かってくださって、どうやら高橋くんの納品は間に合わせてくれるということだった。

仕事が終わって、帰る時間になると誰かが必ず、今夜一杯いかがですか、とか、女の子3人に男性があと一人必要なんだけど、とか誘ってくれる。

行けば、きっといい話が聞けるんだろうが、そうそう他人の得点になるようなことばかりもしていられないので、3回に2回は、やんわりお断りする。

でも、今日は朝から大分ポイントが上がっていたので、同期の吉田と川上の3人で飲みに行くことにした。

気分が良かったし、料理もうまかったし、2人の話も明るい話題ばかりだったので、思いのほか飲んでしまった。

気がつくと僕はタクシーに乗っていて、なんとか住所を告げることができたらしく、アパートの前に着いたところだった。

タクシー代を払って、ふらふらしながら降りて、アパートの鍵をもぞもぞ探していると、さっきのタクシーが戻ってきて、笑顔の運転手さんが、この財布が座席に落ちてましたよ、なんて言う。

ありがとう、って言って手を振ってタクシーが行ってしまうのを見送ってから、ご近所迷惑にならないように静かにドアを開けた。

部屋に入ると、大家さんが気を利かせてくれたのか、故郷の母からの宅急便が届いていた。

そうか、また母が送ってくれたんだ、とありがたい気持ちが湧いてくる。故郷っていいもんだなぁ、と思いながら、壁の右上に浮かび出たポイントゲージをチェックする。

今日の親切ポイントは116点。被親切ポイントは77点。差し引き39点が加算されていた。

実際の生活にも、こんな親切ポイントがカウントされればいいのになぁ…と、有機ELの画面から目をそらせた後、そう思ってしまう。

明日も厳しい現実社会が待ってるんだから、もうHyuiiの『ユートピアタウン』をセーブして、寝なきゃぁな。
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2008年11月19日

総理大臣員制度

たまの全休日だったので、ゆっくり寝ていたらドアの郵便受けにコトッと音がした。

僕の家は、随分前に建った集合住宅だからまだ郵便受けなどが付いているのだ。初めて使われたその機能に、ええっ紙の郵便?と結構驚きだった。

これが手紙なんだ、と感慨込めて封筒を手にしてしげしげ眺めた。いまどき紙の郵便なんて送ってくるのは政府関連しかないよな、と思いながら封を開けてみた。

あっやっぱり、とうとう僕のとこにも来たんだ。紙の手紙には僕宛てに「総理大臣員候補者へのお知らせ」とある。

3年前に、本職の政治家達にも難しいこの国の運営案に、素人の一般大衆である僕らの意見を取り入れたら、なんて法案が通ってしまったものだから、こんな手紙が来るのだ。

スーパーランダムに選ばれた人間(政府関連者と政治家の一族以外の)に、1ヶ月間の総理大臣職を務めさせるのが「総理大臣員制度」だ。

Net新聞によると、この制度から正式採用になった法案はいままでに5案あって、実施後の評判もなかなか良いのだという。

交通費、日当も出るということで、第3職種の僕としては、それじゃあ出かけようかな、てな軽い調子で州庁に出向いたのだった。

僕の住んでいる中部州の州都は大名古屋市だから、JRのチューブ電車でも行けるが、交通費が出るならとリニア特急に乗った。

わずか1駅の区間だから15分くらいだったが、うわさ通りの乗り心地だった。それにしてもリニア駅も増えたもんだね。

州庁では、年齢もまちまちな男女が50人集められていて、まず今回は中部州の番で、選定がいかに公平なシステムで行われたかの長い説明があった。

それからシュミレーション問題があって、なんと僕はそれに合格して正式の総理大臣員5名のひとりになったのだ。驚き!

選ばれた5名には、この国の運営制度やら法案成立制度のレクチャーがそれぞれに付いた10名の官僚さんから20日に渡ってあるらしい。

その後、自分で選んだ分野から問題になっている事案を選んで、自分がこれだっ!と思う解決案を3日で出して欲しいんだそうだ。

5名の総理大臣員が、それぞれの分野で出した法案や施策が国会と政策マザーコンピュータで1週間で審議され、通ったら本当の政策になるのだ。

今回選ばれたことは、秘密でも何でもないが、政策がうまくいかなかった場合を考えると、誰にも言わない方がいいそうだ。

僕らが暮らしているこの国のためなんだから、直接影響を受ける僕ら一般人の方が、いいアイデアを出せるのかな、と思うが、

じゃあ政治家や官僚さん達は要らんのじゃあないかと言うと、こんな制度を作ったり、実際運営するのは大変なんだからやっぱり必要なんだそうだ。

ま、ごちゃごちゃ言っとらんで、さっさとやろうか。
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2008年10月01日

踏んだり蹴ったりの時代

景気が悪くなった、と言われて幾久しい時代。
Netの内外のジャーナリズムも、飽きてしまったのかもう話題にもしない。

そもそも有限のこの星から、産み出せるもの資源だって有限だし、ホモサピエンスって奴は、生活力のある者ほど強欲だから、

ごく一部の人類が贅沢をして、残り大部分がやっとやっとで、さらにある程度の食うや食わずの人間がいることになんとなく我慢している。

こう言う俺だって、3級市民層に属しているから、文句も言わずに配信されてきた仕事を、週3〜4日こなして食っているだけの存在なんだよなぁ。

それでもこの国はまだいい方で、レベル3以下の国に属している人達は、2級市民層でも厳しい生活なんだってNetに出てる。

21世紀も折り返し地点が見えてきたなんて言われてるけど、日々の焦燥感は募るばかりで、地域別、年代層別の問題も加味すると、生きてるのが不思議になるくらいだ。

極々一部の長者さん達ご一家を除くと、誰も彼もうんざりしている時代なんだよな。

後の微かな望みは、ロト7で何十億円が当たるとか、なんとかクジだとか、アイデアサクセスだとかの話ししかないよね。

そう言えば、ここ最近の超流行遊び「KANKERI」のブームはすごいね。

休日と言えば、どこの公園でも広場でもやってるし、去年はプロKANKERIが発足したじゃないか。

あれを思いついた奴はすごいな。再資源になるしかないKANを、あんな風に使って競技にするなんて。
ずいぶん儲かったんだろううなぁ。

反射神経、リズム感、体力、視力、判断力のどれもが必要なONIと忍耐力、スピード、決断力が必要なMINNA。考えただけでもどきどきするね。

今のONIチャンピオンが156人のMINNNAと戦った今年の元日決戦は、手に汗もんだったよね。

社会の各層を問わず、あれをやっている人が多いから、アジア圏はなんとかまとまってるんだ、ってニュースで言ってたけど、正しいと思う。

米州や欧州でも競技人口が増えてるそうだから、何年か後には世界大会もできるだろうって話もうなずけるね。

それにしても、上手く隠れてるMINNNAを見つけたONIが、猛スピードでKANに戻って踏んだときや、

大勢の捕虜MINNAをヒーローが解放するときの、KANが蹴っ飛ばされるのを見ると、現実が束の間忘れられるよね。
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2008年09月21日

ちょい超能力

僕には秘密がある。
実は大きな声では言えないが、超能力者なのだ。

それも大変珍しいジェネラルサイキッカーなのだ。
つまり、あれもこれも全部できるっていうこと。

例えば、テレポーテーションなんてご存じでしょ。
できるんですよ、僕は。

ただ残念なのは、距離が、短い。1mくらいなんだよね。
自分でテレポートするのも、物を動かすのもそれくらい。

だからやって見せたとしても、普通にジャンプしたんだとか、
素早く手を伸ばして取ったくらいに、思われちゃうんだな。

テレキネシスだってある。が、大きいものは無理なんだ。
20gくらいまでの物なら、手を使わないで動かせるけど、動かしていられるのも5秒がやっとなんだ。

テレパシーも3mくらいまでしか届かないんで、声で呼んだのと
変わりないし、心を読むのも相手のことをよく知らないと無理なんだなぁ。

でも、縫い針を立ててその上に100円玉を立てたりすると、
他人は喜ぶし透視眼で、落っことしたコンタクトレンズを見つけてあげることもできるから、まあいいか、って思ってた。

それが一昨日のあのできごとで、考え方が変わったんだ。
あの、冷蔵庫閉じ込められ事件の時だ。

焼き肉屋のバイトって結構忙しくて、開店2時間前には出勤だ。
店長に肉を出しといてくれって言われて、冷凍庫に入ってると、
バタンと扉が閉まった。

びっくりして(そうあなたが思った通り中からは開かない)扉に
駆け寄るとがっちり閉まってる。

しばらくあせって無駄に動いてたけど、ここは超能力で切り抜けようって覚悟したんだ。

まず、冷凍庫の扉を透視しようと精神を集中した。扉の向こうには誰もいない。テレパシーで呼んでみても、届く距離にはいないようだった。

次にかすかに透視で見えている連絡電話を使おうとしたけど、
受話器が重すぎてダメ。かたかた動くくらいだった。

もちろん頑丈な扉をぶち壊すなんてできっこない。
よくエスパー漫画に主人公が本当に危ない目に合うと、超能力が開花するって話があるが、僕には無理なようだった。

テレポートできれば問題ないんだけど、あれは動く先が目でちゃんと見えてて、自分の精神のフックをしっかりかけられないとダメなんだ。

冷凍庫内はマイナス20度。もう寒くて寒くて。発火能力のパイロキネシスで暖まりたいんだけど、燃やすものがないし温度も低すぎる。

困った僕の手が寒さのためにポケットに突っ込まれたとき、鍵に当たった。冷凍庫の鍵だ。

もちろん中からは使えないけど、木の鍵札を外せば20gくらいになった。これならテレポートできる。

人の移動はテレポート先をしっかり把握してないと着地で大変なことになるんで怖いんだけど、物の場合は結構適当でいいんだ。

結局、その鍵を扉の外にテレポートして、それをテレキネシスで拾い上げて、扉の鍵穴に突っ込んで、なんとか回すことができた。

それで内側のレバーがやっと使える状態になって、なんとか外に出られたんだ。

僕のちょっとだけの超能力でも、使い方を工夫すれば役に立つんだって思ったよ。正義のため、とは言わないけど、困ったことがあったら人助けくらいできるかも。

そう思うと心が元気になるから、バイト先でもいいオーラが出始めたんだと思う。さっき、店長が「君には期待できるところがある」なんて言ってたし。

この楽観的なのもちょっとした僕の能力なんだよね、きっと。
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2008年09月06日

猫の生活

あの足音はテツヤが階段を上ってくる音だ。
もう外が暗くなってからずいぶんお腹が空いているから、今夜はいつもより遅いね。

でも、とっちめてやるっていうより、まず甘えたい気分。
ほら、ドアの前に立っていつもの音をさせている。もうすぐ部屋に入ってくる、あの音。

部屋に入ってきた彼の長い脚に、思いっきりからみついてやる。
テツヤは歩きにくそうだけど、決して嫌がってない。それは分かるの。

お待ちかねの夕食の支度ができるまで、ゆっくり待つのも好き。
おいしそうな匂いに、つい甘え声が出ちゃう。

わたしの前にディナーを用意すると、自分だけ冷蔵庫からあの飲み物を出してグラスに注ぐ。

わたしはあれは好きじゃないから、つまんないんだけどテツヤは機嫌がよくなるから、許してる。

今日、会社であったことを少しだけ話してくれると、あとはテレビをつけて、そっちの方に気を向ける。

お食事が済んでも、そのままだとわたしは、彼の膝の上に乗ってやる。わたしはひとりでお留守番だったんだから、相手してもらう権利があるの。

*** *** *** ***

彼が会社に行ってしまうと、部屋でお留守番とか言っていたけど、本当はそうばかりでもない。というより、わたしはしょっちゅう外出している。

テツヤだって、わたしがひとりでずーっと部屋にいるなんて望んでない。外に遊びに行けるように、それくらいは考慮してくれている。

でも、外は明るくって、風がきれいで、面白いものがいっぱい溢れてるけど、危険も何個も何個もある。わたしもそれは分かってるから、注意ぴりぴりしてるんだ。

でも、この町に来てだいぶになるので、お気に入りの場所の3つや4つはもちろんあるんだ。

そこに行って、の〜んびり空想かなんかしたり、うとうとしたりするのがほんとに好きなんだなぁ〜。

で、帰りたくなると彼とふたりのお部屋に帰って、会社から彼が帰ってくるのを待っている。それも、う〜んと好きだなぁ。

この間みたいに、わたしをひょいと抱き上げて、私の瞳に見入ってる彼の丸い瞳孔の奥の愛情が好き。

わたしのことを、みゃおって呼ぶのはちょっとどうかと思うな。もっとオシャレな名前で呼ばれてるこも知ってるけど、わたしの彼ほどいい男はいないから、ちゃんと返事はしてるの。

…ん、なに、なに、ぴぴぴぴぴ…って。

「はい、お疲れ様でした。お時間ですよ」
「ん…、あらもうお終いなの」

「はい、3時間コースはこれで終了ですよ。お客様は週に2〜3回はお見えになっているようですから、ゴールド会員の方になさいません?」

ほら、すぐ営業だ。シルバー会員だって派遣のITオペレーターには大変なのに、ゴールドなんて…。

「今週中は、ゴールド促進キャンペーンをやっておりますので、10クレジットの名義変更料金だけで、ゴールド会員になれるんですよ」

そう、ゴールド会員なら、毎日3時間コースか週4日の6時間コースでも、今の料金の1.5倍くらいなんだよね。いいえダメ。今だっていっぱいいっぱいなのに。

「そうね、考えてみるけど、これから忙しくなりそうなんで多分、今のままでいいと思うわ」

そう、バーチャルドリームの中のわたしだって、ときどきだから猫がいいんだもんね。
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2008年07月26日

高砂や

朝、出かける前にいつものように仏壇に手を合わせて逢子は、今日こそ素敵な彼に出逢えますように…と祈った。

家から今の勤め先の、少子化対策省適正配合推進機構の先端技術研究所までは自転車で30分の距離だった。

自家用車が一家に2〜3台あったのは随分以前のことで、今は10kmくらいなら誰でも自転車で行く。

研究所に着くと、事務局次長補佐がいつものようにシェイプアップの成果を見せるまねをして逢子を苦笑させる。

派遣会社の職員とは言え、政府の関連する研究所の事務局に勤務が決まった時には、両親も喜んでいたが、案に相違して独身の研究者のほとんどいない状況に、これで娘の結婚はどうなるのだろうと、最近ではぐちをこぼすことが多い。

逢子自身は、風変りな人物こそ多いものの、研究職らしい知的レベルの高いこの職場の雰囲気が気に入っている。

この日、少子化対策省の参事官が中央からやってきて所長と面談しているからと言われて、逢子はお茶を出しに行かされた。

「ああ、これはどうも。おや、貴女のお名前はあいこさんですか。こりゃあ、適正配合推進機構向きのお名前だ」

「すみません、わたくしの名はあいこ、ではなくて、あうこなんです」いつも名前を読み違えられる逢子は、さりげなく微笑みながら訂正した。

それに、中央のお役人のこの人は、若そうだし、胸に吊っているスタッフカードを瞬間的に読み取る視力と判断力も良さそうだし…。

その答えにはもう反応しないで、所長と話し始めた参事官に会釈だけして、やっぱりそうは簡単にはいかないわよね、とちょっとがっかりして逢子は退出した。

事務局に戻る途中、変なゴーグルを装着した研究員とすれ違った。いつも、ぶつぶつ独り言を言う癖のある松木研究員だ。

この研究所は、この10年、ますます結婚率が下がり続けているこの国の現状打開を、テクノロジーの力で解決を図ろうとしている先端研究機関なのだ。

例えば、日本人の遺伝子解明からこの非婚率の増加の解答を得ようとしている研究員や、新型ウイルスの存在が日本人から両性の合一を妨げているという仮説を立証しようとしている者、様々な角度から非婚率の上昇に立ち向かっている。

すでに、経済的な対策や、子育て支援対策では、この結婚したくない、という若者(それは既に中年層にまで及んでいるが)の性向に対処できないことは実証されていた。

だからこそ、遺伝子研究や、やや怪しげな恋の妙薬の研究にまで及ぶ、この適性配合の先端技術研究所が存在しているのだった。

ああ、わたしなんて結婚願望があるのに…逢子は、時々この研究所ってちゃんと機能してるのっ、と叫びたい時があるくらいだ。もちろん叫んだりはしないが。

それから随分経ったある日、逢子が次の学会のT教授の資料整理で残業していると、事務局のドアが突然開いて、松木研究員が飛び込んで来た。

「ああ、ここだ、ここだ。ここに繋がっている」
「どうされたんですか、松木さん」なにかただならぬ松木の様子に、逢子は少し動揺しながら、そう訊ねた。

「ああ、ああ、そうか、貴女だったのか。貴女に繋がっている」
興奮している松木をどうにか落ち着かせて話を聞くと、松木の長年研究していた『RSCゴーグル』が完成したらしい。

「RSCって言うのは、レッド ストリング チェーサーの略で、僕は昔から民間で言われている、赤い糸の伝説を科学的に立証しようとしていたのです」

松木の説明は、要するに日本人には小指に赤い糸が巻かれていて、それが結婚すべき相手に繋がっていて、ただ肉眼では見えていないそれを、科学的に可視状態にする研究だという。

なんだ、こんな研究に政府がよく研究費を配分したものだ、と逢子は思いはしたが、愛想よく相槌を打ってあげる。

「貴女もこれを装着して見てください」松木はゴーグルを頭から取り外すと、逢子に装着しようとする。

「えっ、ちょっとぉ…」と、いぶかる逢子に頓着もせず、松木はゴーグルをかぶせ、なにやら操作し始める。

ゴーグルは松木の頭の臭いらしきものがするが、不思議にいやではない。普段、どちらかと言えば潔癖症の逢子にしては珍しい反応だ。自身でも驚くくらいの。

ゴーグルの視界の中に、急に赤い糸のような線がよぎった。
はっとして周囲を見回すと、それは自分の左手の小指から出ている。

そして、その赤い曲線は、優雅にうねりながら松木の左手の先端に繋がっている。

はっとした。もう説明がなくても、分かった。松木が目に涙を溜めてうなづいている。

それから半年して、松木との結婚式の当日、あれから一度も装着したことのないゴーグルのことを思い出しながら、逢子はこれからの松木、いいえ夫の仕事がうまくいくといいな、と考えていた。

なにしろあのゴーグルで人の集まっているところに行くと、赤い糸がこんがらがっているだけで、どれが誰につながっているのやら、全然わからないと松木は言う。

早く、研究費の大幅アップを得て、簡易型の研究をしなくちゃ、と言う松木が逢子には誇らしかった。

隣の控室で、父が謡曲・高砂を練習している声がかすかに漏れて聞こえた。
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2008年07月10日

伝統料理

2040年代は、人類にとって最悪の10年間だった。
恐れていた食糧危機が予想より早まったのだ。

2010年代の投機的なマネーゲームが引き起こした穀物危機などは、この本格的な食糧危機に比べれば、選択の余地があったという点ではるかに軽度なものだったと、世界は思い知ったのだった。

それまでにも、地球が次の氷河期の前の温暖化現象を起こしていることによる海流の大きな変化が原因の漁獲資源の減少や、一時期流行した穀物資源のエタノール化などで、まず貧困な国の国民から深刻な飢餓状態に突入していた。

人類の英知(あったとすれば)は、遺伝子を操作することで、収量の多い農産物や、世界的には枯渇の始まっていた水資源不足にも対応できる乾燥地向きの植物の開発に突き進んだ。

さらには人工葉緑素による、炭水化物製造プラントなどの萌芽も見え始めていたが、地球環境の変動速度は2030年代に入って一気に増して、超大型の暴風雨の頻発現象や、逆に大陸内陸部の砂漠化の進展によって、人類の小手先の対応を効果のないものにしていた。

そのことで世界の総人口は21世紀初頭の予測を裏切って、2040年には史上初の減少に転じ始めた。

そしてその年に大流行した新型鳥インフルエンザによって、家禽類ばかりか中型・大型の野鳥がほぼ壊滅し、あろうことか時を同じくして突然変異ウイルスによる狂牛病の大流行、耐性菌豚コレラの蔓延と、人類の肉食嗜好はことごとくその依るところを失ってしまった。

それはまるで、地球の根深い怒りの表れのようであった。

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国際テレビの年末番組「地球−人類 21世紀、激動の50年」の長い番組の前半が終了したところで、私はトイレ休憩にした。

妻も子供たちも、ほっとした様子で番組の内容について喋り合っている。

「さあ、子供たちはそろそろ寝なさい。目が覚めたらお正月のオゾウニよ」
妻が明るい声で言う。それを聞いて、子どもたちは渋々おやすみなさいを言って自分の就寝用ポッドに戻った。

外は吹雪が吹き荒れているが、狭いながらも楽しい我が家である。8時になったら夜明けということになっているから、せめて新年くらいゾウニを食べて祝おうよ、と言って頑張ったのだ。

すでに鍋ではことことゾウニが煮えている。
「よく煮れば煮るほどおいしくなるのよ」妻が笑って言う。

ほとんど全ての大型哺乳類と鳥類が滅び去ったとき、日本の羽田博士が動物園に生き残っていたゾウとカバから、遺伝子改良した食肉用種を作ったのだ。

どちらも祖先を辿れば前の氷河期を生き延びているし、やや小型になったが人間の残飯でさえ育ってくれている。

この羽田博士の偉業があればこそ、正月の“ゾウニ”と7月の“カバヤキ”が食べられるというものだ。

やはり日本の伝統料理の味はすばらしい。
posted by Bee at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説