2008年06月24日

飲み友達

酔った勢いだったんだよ
2回目だったそのスタンドバーで会ったんだ

なんだか常連ぽいその客が聞き上手だったんだなぁ
俺はどんどん調子に乗って

「この星の連中は視覚に頼り過ぎてるよ。目で見たものだけが信じられる。愛せる。好きになれるって奴ばかりだ」

「そうですか。そうですよねぇ。わかりますよ。わたくしだって同じ意見でありますよ」

「見た目がいい方が得してる。うん、そりゃあ分かる。俺だって美人と普通の女が両側にいたら、美人の方に体向けてるもんなぁ」

「ほぉ〜。あなたでもそうなのですか」相槌打ちながらヘネシーのえらい高級そうなボトルのお代りをしてくれたんだ

「だが、あんなのは女どもが少しでもいい条件で結婚に持ち込んで、安心して子供を産むための設備投資みたいなもんなんだ」

「なるほどなるほど。あなたもそこに気付いていらっしゃると」
今度はメロンをまた注文するんだ

「犯罪だって、人助けだって、スポーツだって、金儲けだって、み〜んな見た目のいい奴の方が好感持たれるんだ」

「そのようですねぇ。そこがポイントでしょうねぇこの星では」
3回目のメロンをさっさと平らげるとまたメロンを注文するんだよ変わってるなぁくらいにしか思わなかったんだその時は

「だからこの星でなにかやる時は、絶対かっこよくって顔がよくって背が高くて、それさえありゃあ90%成功だぁ」

なんだか日頃の自分への愚痴みたいな喋りになったが、本心俺はそう思ってたんだよ

「そうですか。後の10%というとやはりあれでしょうかねぇ」
その客はつぶらと言ってもいいような大きな眼で俺をみつめた

「そうだそうだ、後は強引にことを進めるパワーだな。実行力だな」自分への自戒もこめてそう言ったら

「わかりました。であなたはどちらからおいでになってらっしゃるんですか」なんだか太くなってきた声でそう言ったんで

「俺は白鳥座61番星だよ。あんたはどっから来たんだ」昔読んだSF小説を思い出しながら気がきいた返事をしたつもりだったんだ

そいつの話す声がもっと太く低くなったんで、なんて言ってたか聞き取れなかったんだよ。もっとも随分酔ってもいたしなぁ

その翌日、だから昨日の朝か。ニューヨーク、モスクワ、北京、ロンドン、パリ、ベルリン、ニューデリーにえらく背が高くって美男美女の宇宙人が乗り込んできたのは。

とにかく強引な交渉で、すごい武器の性能を見せつけて植民地扱いの待遇で世界を押さえこんじまった。

世界の主要国の首都に一斉に踏み込んだのに東京には来なかったろう。そこに傷ついた連中も多かったけど、俺は、俺に遠慮したんだって、そう思いたいんだよね


posted by Bee at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2008年06月15日

夢の郷

「おじいさん、大丈夫?」
「大丈夫だよ、ちょっとつまづいただけさ」

可愛らしい男の子の声で、私に声をかけてくれたのは
ちょっと前のタイプの介護ロボットRAKUTARO typeVだ。

私は楽太郎を略してらっ君と呼んでいる。
88歳を過ぎた“最後期高齢者”には、国からこのタイプの介護ロボットが無償貸与されている。

らっ君はかつての技術大国のこの国が誇るAI搭載の介護ロボットで、介護対象者に合わせて性格やサービスパターンが変化していくのが特徴だ。

このタイプの人型ロボットは、この国以外の諸外国ではあまり受けず、最新型のはタコやクラゲに似た、手のたくさんついた奴だ。
私はあいつらがどうにも好きになれない。

2030年を越えた頃から、この国の平均寿命も短くなり始め、今では随分若返ってしまっている。

それはともかく、結果として老人は再び大切にされ始めているのだから、なんの文句もない。

「おじいさん、お庭の花に水をあげるけど、一緒に見に行きますか?」らっ君が可愛い声で話しかけてくる。

「そうだな、今日は気分がいいから見に行こうかねぇ」
ロボットでも感情を表せる(ように見える)タイプのらっ君の嬉しそうな色のランプの点滅を見ると、本当に可愛くなる。

庭に出ると、晩秋の小春日和の穏やかな日差しが柔らかく体を包んでくれる。なんだか子供の頃に両親と行った公園の記憶が蘇ってくる。
いー気分だ。

「先生、患者さんの脈拍が…」
「そうか、薬が効き始めたのだよ」

「じゃあ、もうすぐですね」
「ああ。ここを看取ったら1867号室に移るから、用意をして」

前年の春、議会を通過した『楽去法』に依り開発された“極睡眠剤”による安楽死を選ぶ老人の数は、この年の夏以降急激な増加を見せていた。

それでもここ10年来の国家間競争に破れ、若者人口の減ったこの国にとって、数多い最後期高齢者の平和裏の社会離脱が重要案件であった。

「おじいさん、ちょうちょがいましたよ」
「おお、本当だ。ちょうちょだ。ちょうちょだ…」

「心肺機能および脳波の停止を確認しました」
「よし、では次に行くぞ。それで今日は終わりだ」

どんな人にも心の奥底にしまいこんである想いや夢を、脳細胞を修復して蘇らせることのできる“極睡眠薬”。その効果を目の当たりにすると医師はいつもほっとする気持ちと、泣きたくなるような気分が綯い交ぜになってしまう。

「さあ、先生1867号室に参りましょう」
看護ロボットの車輪型の足と何本もの操作腕を視界から締め出し、自分の未来はどうなっているのだろうという思いを部屋に残して、医師は歩きだす。
posted by Bee at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2008年05月24日

便利な世の中

『太平商事の加藤次長です』
突然、耳元で若い女性の声がした。

驚いて一瞬立ち止まった私に、前から歩いてきた人物が
あれっというような顔をして、曖昧に会釈のような動作をした。

「ああ、加藤次長さんお久しぶりです。東日の小沼です。その節はどうもお世話になりました」耳元の声に従って、取説にあった通りに笑顔で挨拶をした。

「えーと…ああ、どうもその節はこちらこそご厄介かけました」
相手の顔が急に親しみを顕わにしたものに変わる。

「また、一度ゆっくりお邪魔させていただきますので、よろしくお願い致します」満面の笑みは、最近配信されてきた“好印象の秘訣”23号で練習したものだ。

お互い、にこやかにもう一度挨拶を交わしてすれ違い、それぞれの進行方向に歩を進める。
なんとか良いお付き合いができたようだ。

そのとき不意に記憶が蘇ってきた。なんだ、先月バラ撒き型の有機液晶パンフを納めた太平商事の窓口担当者の次長さんじゃあないか。

危ないところだった。声をかけてよかった。
『右前方のスーパーショップで、減塩有機栽培ソースを買う約束を、今朝奥様となされております』

また、耳元で若い女性の声がした。
新型のスーパーメガネUR−77の新機能、骨伝導サポートボイス“お知らせ天使”の声だ。

装着者の視線の先の画像を、高速エクスポートして衛星経由でスーパーデータベースに照会し、瞬時にその画像の持っている意味を個々人向けに音声でインポートする機能が、従来の保存データと照合するカメラセンサータイプの“思い出しくん”より進化しているのだ。

かなりの額だったが、こいつに買い替えてよかった。
「で、これを買ったのは昨日?一昨日…?」思わずつぶやくと、
『一昨日の5月22日16時20分頃、電化の…』早速教えてくれる。
posted by Bee at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2008年05月20日

かい〜感商法

若くしてIT長者にのし上がった芸津氏は、まだ30代後半なのに人生に飽きていた。

77階のリビングルームの窓には都会の灯りがさんざめき、彼の成功に満ちた今という時間を褒め称えているようだったが。

芸津氏は生あくびをひとつすると、
総額何億円かかっているのか分からない部屋を、生気のない目で眺め回す。

立ち上がってワインでも飲もうかとも思うが、金にあかせて集めたものの、もう価値観が分からなくなっている。

(ああ、僕に味覚や美術品や女性に耽溺できるほどの才能があったらなあ…)
なにしろ、パソコンやネットや戦略ゲームだけが熱中できるものだったのに、友達の口車に乗って会社なんか興して、企業に育っちまったものだから…。

そう、ネット上に展開された彼の考えたシステムは、時とスタッフと金を呼び、今や一大IT帝国になってしまっていた。

創業者として、莫大な収入が入り始めてしばらくは、学生時代に夢想していたことをリスト化して全て試しまくった。

数年のうちにリストの全てをやりつくし、わざわざそれを考えるスタッフまで雇ったものの、彼らの提案を試し尽すのにも、さほどの時間を費やし得なかった。

と、壁の超大型スクリーンの片隅の、来客スキャンモニターが明滅し始めた。
こんな時間に、と思いながらONにすると、見知らぬ男の笑顔が映る。

「こんなお時間に誠に恐れ入りますが…」
男は社の重役でもあり、大学院の同じ研究室の友人でもあるMの紹介で、と言う。

どうせ今夜もあまり眠れないのだし、と身元をデータ検索後、入室を許可する。
いわゆるスマートな男で、立ち居振る舞い声質、喋り方などが心地よい。

「M様もご心配されていましたが、今日わたくしがお持ちしたこの薬は、きっと貴方様の人生を豊かにするものと確信しております」
「薬、薬は必要ないよ。非合法のものに至るまでいろいろ試してみたが、僕の体質には合わないし習慣性もいやなんだ。だからお断りする」

「いやいや、これはそんなつまらないものではありません。過去の様々な王朝の君主にのみ許された、決して飽きない快感をもたらす秘薬を、当社の卓越したバイオ技術で精製したものなのです」
彼が大事に携えていたバッグから取り出した純金の卵型の容器に入っていたその秘薬は、なんだか軟膏のように見えるものだった。

お代は後日で結構です、と置いて行った秘薬の注意書きの通り腕に塗ると、じわっと痒みが襲ってくる。
たまらず片方の手で掻くとなんとも言えないような快感が湧き起こる。

その痒みは収まった後、また繰り返し不意に訪れ、塗った場所を選ばず、掻けば快感とその後の爽やかさと深い満足感を何度でも与えてくれる。

しかも優れているのは、男が一緒に置いて行ったプラチナ製の容器の薬を着けると、また金の容器の薬を塗るまでは、ぴたりと痒みが止まることである。

それからは、1日数時間の会社での仕事を終えると、自分の部屋で薬を塗るのが唯一最大の楽しみになった。

男は薬の代金をかなり高額に伝えてきたが、そんなものは問題ではなかった。ただ、いつの間にか、さらなる快感を想像してしまう芸津氏であった。

ついに、これ以上を求めるのは良くないのだろうな、と思いながら新しい薬を男が届けに来たとき、思い切って訊ねてみた。

「この薬にはすっかり満足しているんだが、もしやまだなにかいいものを持っているんじゃあ…」
男は、にこっと爽やかに微笑むとこう言った。

「古の高貴な方々もそのように尋ねられたそうです。そして、当社の優秀な技術陣が最近、やっと開発したものがこれなのです」

男が大切に持っているバッグから取り出したものは、パール色に輝くつけ爪のようなものだった。

「これを使えば、ご使用者の肌をまったく傷めることもなく、掻いているときの快感は当社比50%増。しかも装着されている指の疲れは50%に軽減してくれる優れものでございます」

代金として男が提示した金額は、小さな国の国家予算の50%程のものだったが、もちろん芸津氏にためらいはなかった。
posted by Bee at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2008年05月17日

らしさ検定

就職試験の面接会場。

履歴書に「らしさ検定F−2級」と誇らしげに書いてある。
いや、控え目に書いてある。

そもそも山上節子という名前が、遠い昭和の香りをさせている。
最近は女の子の名前に「子」や「代」が付いていることが多い。

「山上さんは、当社のどこに惹かれたのでしょうか?」
やや意識的に張りのある声で、きびきびと私は彼女に質問した。

「はい、わたくしは御社の創業者であられる…」
細い、かと言って弱々しくはない、それでいて稟としたものを含ませつつも
はかなげな空気を纏わせた透き通るような声で、彼女が答え始めると、

私の隣に並んでいる専務と人事部長が、彼女の言葉のいちいちに、感心したようにうなづいている。

さすがF−2級だ。
かく言う私もつい最近、M−3級の資格をとったばかりではあるのだが。

ほんのり頬を桜色に染めながら、一生懸命この会社のよき伝統、筋の通った経営活動について。
さらには匿名で行っている社会奉仕活動にいたるまで網羅して、語る様は、感動的ですらある。

「そうですね、それでは貴女が当社に無事入社された場合、先ほど述べられた中のどの部分で寄与されるお積りでしょうか?」
一流企業の社員としての誇りを滲ませつつも微かに、入社すれば頼りになりそうな明るさ、親切さもブレンドして。

少し意地悪な質問ではあるが、年配の上司連中が皆、彼女にめろめろな様子なので、新任の人事係長としては、
このまますんなり合格とはいかないぞ、という男らしい骨のあるところを見せたわけである。

その質問にも、控え目ながら芯のあるところを見せ、さらには熱意のこもった答弁の最中に、はらりと落ちかかる長めの黒髪を細く白い指先で軽く押さえたときの清々しさと微かな色っぽさは、

上司ばかりかこの私さえ、その場で「合格です。ぜひ明日からご出社ください」などと言ってしまいそうな魅力があった。

結局、山上節子は百数十倍の難関を潜り抜けて、無事正社員として入社が決まった。

歓迎会の後、彼女と同じ方面に帰る私は(もちろん、履歴書にあった住所の近くに3日前に引っ越したばかりではあったが…)、軽くお茶に誘ってみた。

意外にも、2度ほど軽く逡巡してから、可愛い声で「はい、じゃあお茶だけなら」
とOKしてくれた彼女は、本当に若々しい女性らしく、さらには佳いところのお嬢さんらしく、そして将来性のありそうな独身男性の私を信頼しているらしく…


数年前まで、若い男女はおろか中年に至るまで、日本の国から「男らしさ」や「女らしさ」が消え、さらには「先生らしさ」「医者らしさ」「警官らしさ」「政治家らしさ」などなどが危機に瀕していた。

それらの日本的な美意識が、完全に消えそうになったとき、あの文科大臣が提唱した「らしさ検定」が始まり、驚くべき速さで国中に浸透していった。

皆、実は「らしさ」を求めていたのだろう。街の不良から僧侶に至るまで、
「らしさ」についての解説書を学び、Net−TVの特番に魅せられたのだ。

なかでも「男らしさ」の検定基準M−S級〜5級と、「女らしさ」のFの各級は、あらゆる企業、官公庁、研究機関の採用基準に極めて有効だったので、ハイレベルの検定試験が年に2回、大規模に行われていた。

その後、山上節子は晴れて私の妻になり、可愛い男の子も生まれた。
幸福そのものの私ではあるが、未だにM−3級のままで、今やS級にまでなった妻には、表で亭主関白らしさを装っていても、家では全く頭が上がらない
そこが、「私らしさ」なのか。
posted by Bee at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2008年04月21日

判定

信号を渡ろうと一歩踏み出しかけたとき、左後方から早足で
来た男が、追い抜き様に「今日の日付は?」と低い声で囁いた。

ええっ、と思いながらも反射的に「4月21日ですが」と答えた。
「そう、よかった」と振り向きながら軽く会釈して、その男は行ってしまう。
うーん、なんなんだあれは?

その日、会社で社内報告用の文章を作っていると、電話が鳴って
「榎田さん、お客様です」と受付の派遣の女の子からだ。

受付係は今風のくっきりした顔立ちの胸の大きい娘で、少し気に
なってはいたが、派遣会社が頻繁に人を変えるので、名前が覚え
られないな、などと考えながら受付に向かった。

どこかで一度会ったことのあるような濃紺の服の男が、微笑みを浮かべて
こちらに向かって会釈をした。

「どうもご無沙汰しております、榎田次長さん」
ちょっと名前が浮かばないが、記憶にはなんとなくある人物だ。

「ああ、これはどうも、お久しぶりです」一応、相手に合わせて
おいて、記憶の底をさらう。誰だっけ?

応接コーナーに案内しながら思い出そうと努力してみる。
最近、名前を思い出せないことが多くなり、じきにめんどうになってしまうが、
この日に限って執着心が強く働いた。

応接の椅子に座って、こちらをにこやかに見ている相手の名が
ここまで出てくるのだが、次の瞬間おぼろになる。

「えー、さかも…、あー、さか…い、坂井田さんでしたね。その節はお世話に
なりました」

思い出した。お役人だった。2〜3ヶ月前に仕事の関係で、申請書を持って
県庁に行ったときに応対してくれた人物だ。

「ええ、そうですよ。坂井田です。その節はご苦労さまでした」
その後、申請内容の確認のようなことで20分ほど話をして、「今日は、よかった
ですね」と、なぜか嬉しそうな顔で客は帰った。

会社の帰り、久しぶりに馴染みの飲み屋に顔を出す気になった。
「よぉっ」と言いながら、カウンター席に着くとママが愛想笑いに少し影がさした
ような変な顔をした。

「あ〜ら、次長さん、お久しぶりねえ。前にみえたときの約束、
覚えてらっしゃる?」…なにを約束したっけ?

「ああ、覚えてるよ、覚えてますよ」一応合わせながら、記憶を
まさぐる。なんだっけ?借金はないよな、この店には。

「じゃあ、今日持ってきてくださったの?」
「ん…ああ、いやぁ、今日は持ってきてないんだ。次に来たとき持って来るから」

「本当?次って何日よ」おやぁ?日を言えってのは、期限のある
約束かな?なんだったんだろう?

「あ〜ら、本当は忘れっちゃったんじゃあないの、次長さん」
ちょっぴり、心配そうな声音でママが言う。

「忘れてないよ。忘れたらママに怒られるもんな」と軽口を叩きながら答えを探す。ママが差し出したビールを注いでもらいながらも考え続けた。

最近は、こんな面倒くさいことになると持続力がないのだが、ママに気に入られたいので、投げだせない。投げだせない…あっ、分かった。あれだ。

「あれだろう、新○選手のサインボールだろ。今度持って来るって」ママはパッと笑顔になって「そうよサインボールよ」と言いながら、ビールを注ぎ足してくれた。
「よかったわぁ」そんなに期待してくれていたのか。なんだか嬉しい。

********

アナログ時計が午前2時を告げた。
1時間前から113号会議室では重要な報告会議が続いている。
「では、次の対象者、大日本建設の榎田功一さん」
「私のチェックはB判定です。月日のみ反応しました」と、若い男が事務的な口調で言った。
「私のチェックもB判定です。ちょっと逡巡していましたが、記憶しておりました」と、坂井田が答えた。
「わたしもB判定でした。許容時間内に思い出してくれました」と、ママがほっとしたような声音で続いた。

「そうか、では彼はOKだ。続いて、丸角製薬の…」NPO法人老害防止協会の判定会議は今夜もまだまだ続いていく。
posted by Bee at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2008年03月31日

マイダスタッチ

母が亡くなってひと月が過ぎた。

買ってまだ新しい仏壇にお灯明をあげて、線香に火を付けて
りんを鳴らす。

これまでずっと苦労をかけてきた母だったから、一度中学の頃
グレかけただけで、俺はまともに育って、新聞配達をしながら
地方の国立大学を卒業して、地元ではそこそこ名の知れている
会社に入って病気がちな母と二人暮らしをしていた。

父は俺が小学校の修学旅行に行っている間に、居眠りトラックに
追突されて1週間入院してそのまま旅立った。

一人っ子だった俺が、バイトしながらでも大学を卒業できたのは
父の保険金があったからだが、それも母の度重なる入院や
手術代になって消えていった。

なんとかおれのサラリーもつぎ込んでこれまでやってきたが、
もうすっかり預金もなにも無くなる寸前、母が亡くなった。

なんだか悲しいというより、ほっとしたような気もしてしまい、
俺は最初の墓参りの時、ごめんな、と謝っていた。

来月の5日には35歳になる俺だけど、恋人もいない。
そんな余裕がなかった。しかももてるタイプじゃあなかった。

葬儀代、墓代、入院費の残金の支払いは、香典も全部遣ったら、
なんとかなった。でも、今の俺には2DKのアパートの部屋で
一人布団をひいて寝ころんでいるだけの状態だ。

毎日、明日こそは会社に行こう、行かなきゃあと思うのだが
力が出ない。

天井板の節目を見ていると、なんだか顔が見えてくる。
腹が減っているせいか頭がぼんやりしていて、空耳も聞こえる。

『お前はよくやってきた…いまどき感心な人間じゃ…』
はあ?なんだ、誰か喋り掛けてるのか?
『神じゃよ…神様じゃよ…』
なんだ、どうした、おいどうかしちまったのかよぉ、俺…。
『大丈夫じゃ…お前はしっかりしておる…』

「お前の履歴を調べてみたが、なかなか感心な人間じゃ。
じゃから、お前の望みをひとつ叶えにきてやったんじゃ」
今度は、はっきり聞こえた。
でも体に力が入らず、身動きできない。

「慌てんで良い。そのままで返事だけするがよい。望みを
頭の中で言いなさい…だが、無限に望みが叶うように、
とかはだめじゃぞ。そのほか不老不死とか世界の王者とかは、
もうやってないからだめじゃ」

なんだかよくわからないが、このやりとりはまさしく神様が
人間の望みを叶えるときのようだ。
これが夢でも、なにかお願いして損するわけでもないだろう。

相手が悪魔だったら、なにを代償に要求されるか恐ろしいが、
この神々しい感じは本物の神様と思っていいんじゃないか。
で、俺はなにをお願いしようかと、慌てて考えた。

「おいおい、まだかな、わしはとても忙しいのじゃ。あまり
時間をかけてはいかんのじゃ、神様の気分は変わり易いでのう」

えー、では本当の神様と信じてお願いします…。
ここでおれの頭に浮かんだのは、恥ずかしながらお金のこと
だった。母を生き返らせて欲しい、という考えも一瞬あったが、
もうお骨になっているのに、生き返ったらその後がややこしそう

それに母には悪いが、洋画DVDなんかの話では恐ろしいことが
必ずあるし…。

「そうそう、死者を生き返らすのはブーなのじゃ。ついでに
言っておくとお前たちのよく言う大金をくれという願いも、
ちゃんとお前たち人間の世界でつじつまが合った願いでないと、
後でややこしいことになるぞ」

なんだか、こっちが困っているのを楽しんでいるような神様の
言葉に、俺はまたフル回転で考えた。

「神様、私に○ト6の当たり番号が分かるようにしてください、
いや、訂正します。私の選んだロ○6の番号が必ず1等に
なりますように、お願いします」

「ロト○というと、あの1から43までの数字を6つ当てるやつ
じゃな」さすが神様だけあって、なんでもご存じだ。

「そうです、その○ト6の1等賞が、私の選んだ数字になる、
それが私の願いです」それなら、アラジンのランプの精みたいに
どこかの銀行から持ってきたお金だったりして、後で犯罪になる
ことはないだろう。

なにしろ今のお金は、全部番号が付いているし、金銀財宝だって
どこかの宝石店や美術館、博物館から持ってこられたりすれば
必ず事件になって換金したとき、即警察に通報されるだろう。

こんなことを言っていると、いかにも俺が勘定高い我利我利亡者
みたいだが、正直金には困っていたし、たまに夢を買えたのが
ロ○6だったから、ほぼ反射的に出たお願いだったのだ。

「わかった、お前の願いを叶えてやろう」そう言うと神様の
存在感が消え、俺の体は自由に動くようになった。

早速、近くのショッピングセンターの宝くじ売り場に行って、
なけなしの200円で1枚買った。

それからの俺は、一気に金持ちになっていった。
なにしろ毎回、1等が当たるのだから。毎週2億円、2億円で
ある。だが、2回目まではその幸運を喜んでくれた銀行の人も、
3回目には怪しげな眼差しに変わり、4回目にははっきり疑い
を口にするようになった。

なぜ2回目くらいでやめなかったかと言われると、答えに詰まる
が、どうにもふらふらと○ト6を買ってしまうのである。

そんな大金を持っていると、誰に狙われるかわからないから、
暮らしは質素なままだし、銀行の預金残高は増える一方だ。

もしも俺が買う数字が必ず当たりだなんて分かったら、悪い奴ら
に捕まって犯罪組織の金づるにされてしまうだろう。

悩んだ俺は、とうとう一大決心をして、パスポートを取ると海外
に飛んだ。海外ならロ○6はないだろうし、悪人どもにも縁が
ないだろう。

しばらく、あまり高級でないそこそこのホテルに泊まって、
ほとぼりの冷めるのを待とう。金はいくらでもあるし…。

ホテルで3日目、そろそろこの街にも飽き始めてきた俺に、
顔なじみになってきたボーイ長が、こんなくじがあるから
記念に買ってみたらと、英語と日本語のちゃんぽん語で話かけて
きた。

そのくじを見たとたん、なぜか無性に買いたくなった俺は、
「I try but only one」と言ってしまった。

翌日、ホテルのフロントが騒ぎになっていて、俺がルームキーを
預けようとすると、ボーイ長と支配人がにこにこ顔でおめでとう
と言って、握手を求めてくる。

思わず逃げ腰になった俺に、構わずロビーのそこらじゅうの人が
おめでとう、とか、やったな、とか言っているらしい。

どんどん大騒ぎになってきた。
日本と違って、ラッキーな人間を大っぴらに祝おうとするのだ。

ああ、これでは今日のうちに日本にニュースになって流れて、
詮索好きの週刊誌なんかが、○ト6、4連覇まで嗅ぎ付けたら
もう日本にいられない。

それどころか、世界中の悪人組織から、あるいはテロリストたち
から狙われることだろう。

そこまで考えが至ったとき、どう願えばよかったのか分かった。

「私の選んだロ○6の数字が、いつも4つだけ当たりますように」
それで充分だ。
posted by Bee at 02:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説